第112話 社長
スマホを顔面でバウンドさせた秋水だったが、流石は俺と同じ元開拓者と言ったところか。
普通に無事だったようだ。
「……ってぇな!? いきなりなんてモン投げてんだよ!?」
「だったらノックしなさいよ! アタシが着替えてたりしたらどーするのよ!?」
「社長室を更衣室にすんじゃねぇ! 今更オメーの裸を見た途端に欲情なんざするか!!」
「いまさらなのアンタだけじゃない!!」
顔面を抑えながら起き上がる秋水へ怒号と共にさらにモノが飛んでくる。
携帯ゲーム機にノートPC、果ては書類がぎっしりの分厚いファイルまで……
ぶつかっても落としてもヤバそうな代物ばかりがポイポイと飛んできたが、秋水は慌てることもなく慣れた手つきでそれらをキャッチしていった。
「……俺たちは少し待ってるか」
「……そ、そうですね」
ガミガミと言い合いを続けながら秋水が社長室へ入っていく。
俺とクローリスが外で待っていると、言い合いに一区切りがついたタイミングで中から顔を出した秋水がこちらへ手招きしてきた。
それを合図に、俺たちも社長室に足を踏み入れる。
「まったく秋水はもう……! せっかくの再会なんだから、ここはインパクト重視で格好くらい付けさせなさいよね」
「オレはホテルの車寄せだったんだが?」
「アンタはいいのよアンタは」
中は社長室、と言われる割には簡素な内装だった。
応接用のスペースも兼ねているのだろう。
来客用のソファーと作業机があるだけの簡素な配置で、壁にある棚やクローゼットも事務的なモノが設置されているくらい。
社長室にありがちな調度品などは見当たらず、代わりに何らかの受賞トロフィーやゲームのポスターなどが目立つ。
……まあ、ゲーム会社の社長室なんだから自社のゲームに関連したモノでまとめるのはむしろ当然と言えるか。
「今のアンタはアタシのヒモみたいなものだしどこだって同じよ」
「失礼な社長だな。オメーの世話する専属秘書さまの顔も忘れちまったのか?」
「アンタは専業主夫みたいなモンでしょ」
俺たちが入ってもなお言い合いを続けていたが、怒声の主はようやくこちらに気付いて社長用の机の向こう側からヒラヒラと手を振ってきた。
……秋水がいるから何となく予想は出来ていたが。
「自己紹介の前に……《《久しぶりね》》、入浪」
「……ああ、まさかお前が社長だったとはな。未代」
皆切未代。
明るい茶髪をサイドテールにまとめたその女は、秋水と同じ開拓者時代の旧友である。
昔は大きな丸眼鏡が特徴的な引っ込み思案なタイプだった印象が強かった気がするが、社長となった今ではコンタクトに変えて勝ち気な印象に変わっていた。
……ま、昔っから怒らせると怖い奴だったからな。
元来の性格は今の方なのだろう。
よく秋水がからかっては尻を蹴られている光景をよく見てたし。
そんな彼女が、今や可愛らしい猫さんの着ぐるみパジャマを着込んで社長のイスにふんぞり返っているなんて――
「…………」
いや待って。
人物はまあ予想通りだったけど服装は予想外だった。
「な、なんでそんな恰好なんだ……?」
「格好……? ああ、さっきまでここで寝てたの」
「おう……」
真っ黒な感じの回答が返ってきた。
あまりにもブラック……いや、むしろ経営者である彼女は逆に労働時間の制限がないせいでそのへんがルーズになっているだけなのかもしれない。
確か経営者って残業代の概念がないって聞いたことがあるし……
しかし、だからといって……
「……部外者にそんなこと明かしていいのか?」
「いいのいいの。他ならぬアンタなら問題ないでしょ」
俺ならって……確かに言いふらすようなことはしないけどさ……
唖然とする俺に、未代は可愛らしい猫さんの着ぐるみパジャマのまま「フフン」としたり顔をして、思わせぶりに両手を合わせた。
「だって、アンタのおかげでがっぽり稼がせてもらってるもの。イスナロさま?」
その左手薬指には、秋水と同じ指輪が輝いていた。




