第108話 ホテルの夜は始まったばかり
一通り荷解きを終え、少し休憩している内にもう夕食の時間となった。
夕食はクローリスの宣言通り、ホテル併設のレストランで開催しているというコラボカフェを利用した。
何度も開催されているだけあって料理のクオリティも高く、クローリスは当然として元ネタに詳しくない俺も十分に満足できた。
……今日は移動で疲れたし。
さっさとシャワーでも浴びて、後は寝るのみにしよう。
そう。
後は寝るのみである。
「何を言ってるのですか諏成さん。夜はこれからですよ?」
「…………」
お前こそ何を言ってるんだ……?
備え付けのユニットバスで順番にシャワーを終えた後。
先にシャワーを浴びていた俺がさっさと休もうと就寝の準備をしていた所に、続けてシャワーを終えたクローリスが濡れた髪をバスタオルで拭きながら言い放った。
……み、見慣れたパジャマ姿だってのに。
同じベッドで二人きり、というシチュエーションのせいだろうか。
シャワー後で湯気だったクローリスは髪や肌が艶っぽくてとても綺麗で、しかも同じアメニティを使っているはずなのに思わずドキリとするほどいい匂いがする。
……あれ。
俺はこんな美人と一晩、同じベッドで過ごすのか……?
いやいや。
落ち着けっての。
俺は頭を振って冷静さを取り戻す。
確かにクローリスは美人だ。
美人ではあるが……同時にイスナロというキャラクターを盲目的に推す重度のソシャゲガチャ廃人でもあるのだ。
そんな彼女を相手に――
相手、に…………
……クローリスの魅力を損なう要素が、何一つとして思い浮かばない。
「諏成さん?」
「うおッ!?」
ベッドに腰掛け、上半身を乗り出すような姿勢になってクローリスが俺に顔を近づけてくる。
反射的に視線を逸らしたが……前のめりになったせいでクローリスのパジャマから彼女の胸元が垣間見えてしまっていた。
一瞬しか見ていないが、あの感じはおそらく……寝る時は着けないタイプのようだ。
いくらなんでも無防備すぎないか、とも思うが。
それはきっと、俺を信頼している証なのだろう。
だからこそ、俺は冷静になるべきである。
冷静にならなければいけないのである。
久しぶりの遠出と疲労でテンションがおかしくなっているだけ。
クローリスのシャワー中にフロントから「避妊具はこちらで販売しています」なんて余計なお世話な電話があったせいで変に意識してしまっているだけ。
二人きりの状況で変に茶化したり邪魔したり興奮して混ざってこようとする輩がいないというだけ。
落ち着け俺……ここは深呼吸、いや素数でも数えるべきか――
「諏成さん」
「ッ――な、なんだ?」
「ありがとうございます」
悶々とした沈黙を破ったクローリスの言葉。
その落ち着いた声音は、俺に冷静さを取り戻させるのに十分なものであった。
「……今日の事なら、別にお礼を言われるようなことじゃ」
「いえ。社長を助けてくださったこと。エピライブに加わってくださったこと。私たちのために尽力してくださったこと。諏成がいなかったら、きっと今回の旅も諦めていたことでしょう」
「買いかぶりすぎだ。ラッカリカを助けたのはインフラ整備士の仕事だったからだし、エピライブのあれこれだってプロデューサーとしてやることをしたまでだ。クローリスが恩義を感じるくらいの成果があったとしたら、それはアイツらの成果だ」
「それでも、ちゃんとお礼をさせてほしいのです」
言って、クローリスは俺に近づいてくる。
――は?
お、お礼だって?
この状況でいったい何を言い出すというのか。
言葉を失って、思わずゴクリと生唾を飲み下す。
俺が唖然としている間にも、クローリスはスススーっと這い寄るようにしてこちらへ近づき、その手をゆっくりと――
「――この機会です。明日に供えて諏成さんも一緒にダンジョン・グランド・ライバーを始めてみませんか!?」
ゲーム画面が表示されたスマホを差し出してきた。
「……………………」
「お礼にフレンドになってスムーズにストーリー攻略ができるようお手伝いします!!」
ああ。
うん。
まあ、お前ならその路線で来るよね……
心の裡で残念がる自分を追い出すように、俺は深々と息を吐き出した。
……それは別にお礼じゃなくてもいいじゃん……




