第103話 有給は推しに使うモノ
まどかさんを採用してから早二週間ほど。
正式に入社したまどかさんの研修や引継ぎなどが一通り終わり、今日はクローリスが有休を使って「ゲーム開発現場へご招待キャンペーン」に行く当日である。
見送りのために玄関まで同行していた俺にクローリスが差し出してきたのは、玄関に置いてあった見覚えのあるキャリーケース。
俺のキャリーケースであった。
……てっきり留守を任されると思ってたんだけど。
「なにこれ?」
「諏成さんの着替えなどが入っています。アナに用意してもらいました」
「……おいアナ、まさか俺の部屋に」
「いいえ、お洗濯物などから使った――んん、少しずつ拝借していたものをまとめましたのでお部屋には立ち入っていませんよ」
ちょうど洗濯カゴをもって洗面所から出てきたアナがしれっとした顔で答えた。
……コイツ今使ったとか言いかけなかったか?
人の洗濯物にどんな使用用途があるかは定かじゃないが、今はそれを追求している余裕はなかった。
いちおう気付かなかった俺にも非があるし。
……あるのか?
「ん、おいアナ。エプロンのポケットからはみ出しているのって俺のパンツ――」
「さぁ! お洗濯物を出さないと!」
俺が言い終えるよりも早くアナはそそくさとリビングの方へ去っていった。
…………まあ、直接襲われるよりはマシか。
変態メイドは相変わらず変態であるのでいつも通りだし、今はそんなことよりもクローリスへの追及が先である。
「当たったのはゲームの開発現場への招待なんだろ? なんで俺も一緒に行くことになってるんだよ?」
「懸賞はペアチケットなのでご心配なく」
「じゃあなんで事前に相談しなかった?」
「…………逃げ道をふさいだ方が勢いで一緒に行ってくれるかなと」
「断る」
「待ってください」
踵を返そうとした俺の手をクローリスが掴んだ。
……さっき沈黙が長かったけど、まさか相談することを忘れてたんじゃないよな?
「一緒に行ってくださらないと……ゴニョゴニョして今月の給料をゼロにします!」
「横暴だろそれは!?」
「というか、私たちの中で条件にあうのがイス――イスナ――諏成さんだけなんですよ! お願いしますイ諏成さま! 後生ですから一緒に行ってください!」
じゃあせめてちゃんと名前を呼んでからにしてくれませんか?
呼び間違うどころか合体して新しい名前になっていた。
しかし、条件だと……?
その場合、普通は異性である俺がいの一番に除外されると思うんだが……
「……ちなみに、条件って?」
「必死にお願いすればなんだかんだ付き合ってくれる人」
「論外だな」
「冗談! 冗談ですって!!」
掴まれた手を振り払った俺に、すがりつくかの如く今度は腰の辺りに抱き着いてくるクローリス。
「お忘れですかイスナロさま!? 私は異世界人なんですよ!?」
「異世界人? ……あぁ~」
そこまで言われてようやく合点がいった。
確か、なんだっけ……
「……異世界人は原則的に保護されたライバータウンで生活することになってて、町の外へ出るには色々と手続きがいるんだったっけ?」
「その通りです! なので、原則的にライバータウンの外へ出るにはどなたか同行してもらうのが一番手っ取り早いんですよ!」
言ってしまえば、俺はお目付け役ってわけね……
「……なら、まどかさんにってワケにもいかないしなぁ」
「ええ。入社早々仕事を任せっきりにしてしまうのは申し訳ないのですが、まどかさんにはお土産を用意することで手を打ってもらいました」
「お土産?」
「はい。グッズや同人誌――イスナロさま関連のものを、いくつか」
言葉の途中、何か気まずさを誤魔化すような間があったが、なんだか下手に踏み込むべきじゃない気配を感じたのでスルーしておく。
……だったら、なおさら事前に相談しとけっての。
まあ、クローリスの気持ちは分かる。
些細なことを忘れてしまうくらい今回の遠出を楽しみにしていたのだろう。
彼女がこの休みを取るために、ここ数日はまどかさんへの研修やマニュアル作りとかで奔走していたのは俺も知ってるし。
「お願いします、イスナロさま……!」
「……俺は諏成入浪だ」
言って、俺はこれ見よがしに嘆息した。
「分かったよ。次からはちゃんと事前に相談しろよ?」
「諏成さん……! やっぱりなんだかんだ付き合ってくださるんですね!」
「……前言撤回していい?」
「ダメです!」
拒否権ないんですね……




