第二十五話 多摩川抗争
2018年 5月
1週間後、多摩川河川敷にて...
「...よし、あらかた準備は終わったやろ!約束の時間までまだ30分以上はある!あと、なんか知らん奴を連れてきたと思うたが、山根のダチっちゅうコトなら、歓迎したる。ジブンも気張って闘いィ!」
「あ、はい...」
「...うす」
西尾が楽しそうに目をギラつかせ、俺と優人は生気の抜けた顔で返事をした。
あのエロ本事件から一週間。俺は約束通り、多摩川の河川敷に来ていた。
...ただ、一つだけ予定と違うのは、ここに来た助っ人は俺一人ではなく、二人であると言う事だろう。
さっきから俺の横には、末期の病人みたく顔を青ざめさせた優人の姿がある。理由は至極単純。俺が一人で行くのが怖かったから、優人を無理やり連れてきたのだ。
俺が優人をこの抗争に呼んだ時、彼が困惑と焦りに駆られて全力で拒否してきたことは、言うまでもないだろう。ただ、「どっちにしろ俺の『入替』を使えば問答無用で多摩川まで連れ出せる」と脅し、半ば強制して彼をこの戦場に連れてきたのだ。彼の心中は察するが、元はと言えばこれもコイツの助言に従った結果なのだ。優人には悪いが最後まで付き合ってもらおう。
「なぁ源...!無理矢理お前に召喚されるのも嫌だから来てやったが、俺はここに居たって喧嘩とか絶対無理だからな...!?ってかあの総長、ホントに中学生かよ...、ゴツ過ぎるだろ」
優人が冷や汗を垂らしながら、眼鏡を掛け直して俺に呟く。
「喧嘩を傍から見る専門のお前が戦力になるとは思ってないけど。ただ、俺だって一人でこんな抗争に来るのは心臓が持たないから...!これでバックレてたら俺がどんな報復を受けるかも分からないし...。西尾さんも軽いノリで優人のこと受け入れてくれたし、まぁ死なない程度に頑張ってよ...」
現在18時半という事もあり、辺りは少し薄暗くなってきた頃である。河川敷に点々と設置されている街灯が明かりをつけ始め、夜の始まりを告げているように見えた。
しかし、俺達にとっての本番はこれから始まることになる。
そしてさっきまで俺達は、西尾の指示の元『作戦』とやらの準備をしていた。...愛暗無狂の一員として。まぁ作戦自体は単純明快なので、何とかはなると思うが...
それにしても、何をしているんだ俺は。去年の夏には人生初の彼女ができて、最高の友達グループもできて、これ以上ないフィーバータイムだったと言うのに。
....いや、きっとその反動だろう。
俺は生まれてこの方、こんなにも人生を楽しいと思った瞬間は無かった。きっとその代償として、俺はこんな野蛮なイベントに巻き込まれてしまったのだ。...もうそう思い込まないと、この理不尽すぎる展開をとても咀嚼できない...!!!
俺は、多摩川の夕日を反射する水面を眺めながら、この不条理な現実を必死に飲み込もうとしていた。気が付いたら優人は俺の隣からいなくなっていたが。
その時、聞きなれない重低音の振動が聞こえてきた。それは次第に、この静かな河川敷を揺るがすような轟音に変わり、徐々にこちらに近づいてくる。
...そう、それはおびただしい数の単車の軍団。つまり今日『愛暗無狂』と戦うことになる、『裂撃斬弩・愛』の軍勢であった。
「あ、あれ?なんか、多くね...?」
ソレを見た瞬間、まず規模の大きさに驚いた。愛暗無狂もかなりの数の族員は居るが、裂撃斬弩・愛はこちらの倍近くの人数が居るではないか。俺はそのあまりの迫力に気圧されてしまうが、こちらの総大将、西尾は全く動じていない様子だ。
そして100mほどの距離を空けて単車軍団は止まり、ゾロゾロと裂撃斬弩・愛の族員が降りてくる。
そんな彼らに向かい、西尾は口を大きく開けた。
「スゥゥウ___...ワシは『愛暗無狂』総長、西尾やァ!!まだ約束の時間まで30分以上あるっちゅうのに、律儀な奴らやのォ!!!東京の族は遅刻厳禁かァー!?ガッハッハァッ!!」
一呼吸おいて飛び出たその声は、もはや大声というにはデカすぎる、多摩川の水面を揺らす程の声量であった。西尾の真横に居た俺が、たまらず耳を塞いでしまう程だ。
彼の大声により、この場に一瞬の静寂が訪れる。
...しかしその静寂は数秒後、一人の男によって打ち破られた。
その男は裂撃斬弩・愛側にいる人間で、服装こそ暴走族らしい特攻服を着てはいるが、眼鏡をかけて随分と締まった体格をしていた。
髪型も決して派手ではなく、少し長い黒髪をセンター分けにしている。正直暴走族らしいとは言えない、インテリな見た目をしている。そんな男がメガホンを取り出し、この静寂を打ち破ったのだ。
「あーテステス。...俺は『裂撃斬弩・愛』総長、坂東だ。そっちの、今バカみたいな大声出したサルに言いたいことが3つある。....まず1つ。お前らの方が先にここ着いてたよな?関西のサルでも時間は守れるって分かって感動したよ。そして次に2つ。わざわざ田舎から出て来てもらって申し訳ないが、東京観光はできないと思っといたほうがいい。まぁ東京の大きな病院くらいは紹介してやる。そして最後に3つ__」
その男はその3つ目の言葉を出す前に、一呼吸を置いた。まるで、何かを考えているかのように。
「__なんで今、このタイミングで俺らとやり合いに来た?」
坂東と名乗るその男は至って冷静に、そう質問をした。
(このインテリな男が、関東最強の暴走族の長か。人は見た目で判断できないことが、たった今証明されたな)
一方こちらのゴリゴリな西尾はメガホンなんか使う訳もなく、相変わらずの大声で応える。
「ガッハッハァ!!関東最強のトップが、まさかこないな瘦せこけたメガネ男だとは思わへんかったわぁ!!なァ!?」
西尾もふざけた口調で挑発をし返したが、彼もまた、次の台詞を叫ぶまでに一呼吸を置いた。なぜ一呼吸おいたか、それは俺でも直感できた。今から叫ぶ台詞は、きっと坂東の3つ目の質問への、返答だからだ。
「そんで..、『なんでこのタイミング』だってぇー?....そないなこと分かりきっとるやろうが!!ワシらはもう『16』やァ!!」
西尾はそう叫んだ。
(16歳...)
俺は彼の言葉の意味をすぐに理解することができた。普通の人間がもつ『16歳』の意味は、『高校一年生の歳』くらいの意味しかないだろう。しかし、掌光病罹患者の16歳は、『強制入隊が法的に適用される歳』という意味を持つ。つまり、西尾も近いうちに従軍し、戦争に行くことになるのだ。
俺には到底理解できないが、この抗争にはきっと西尾なりの思いがあるのだろう。
西尾の返答を聞いた坂東は、メガホンを持ち直した。少し、笑みを浮かべたようにも見えた。
「......始めるぞ。なんにしたって、勝つのは俺達だ」
きっと坂東は、今の西尾の返答だけで、戦う理由を理解したのだろう。...いや、この二人には、初めから分かりきっていたことだったが、坂東はそれを確認したかっただけなのかもしれない。
何はともあれ、坂東は西尾の返答に触れることは無く、そのまま抗争の開始を宣言してしまった。それと同時に、向こうの多くの族員がこちらに向かってくる。
大勢の不良たちが一斉に向かってくる光景は圧巻で、壮大で、できれば死ぬまで見たくはない光景だった。
「あぁ、やっぱ滅茶苦茶怖いんですけど...!優人もどっか行ったまま帰って来ないし!」
その光景を前に、俺は小声で弱音を溢す。...まぁ、弱音くらい当然だろう。
たしかに、大将の二人にとってはこの一戦が大きな意味を持つという事が分かった。だがしかし、それが何だって言うんだ。
正直なところ、俺からしたらこの戦いがどうだっていいという事実には変わりはない。だから怖いもんは怖い。そりゃ弱音も出るというものだ。
...しかし、横に立つ西尾はそんな俺を気にも留めず、口を大きく開けた。
その表情はまるで、笑っているかのようにも見えた。
「よっしゃァァァ!!!!いくでェェェ!!!」
「「「しゃあッ!!!」」」
西尾の掛け声とともに、こちら側の族員たちも駆け出す。
こうして『愛暗無狂』対『裂撃斬弩・愛』の、熾烈な大抗争の火蓋が切って落とされたのであった!
「あーもう!マジで帰りたい!!」
続くッ!!
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