第十五話 夜空に咲く炎の華
2017年7月 隅田川花火大会
「あれ?愛日、泣いてる?」
俺が振り向いた先で、浴衣姿の愛日と目が合った。彼女の瞳は、なんだか潤んでいるように見えた。花火の光でそう見えただけかもしれないが。
愛日は俺に指摘されると、なんだか恥ずかしそうにプイっとそっぽを向いてしまった。
「な、泣いてなんかないからっ」
愛日は眼を見られないように夜空を見上げて、声を張った。
俺もハンカチをポケットに入れて、夜空を見上げる。周りにはぎゅうぎゅうに人が集まり、あらゆるところから「玉屋~!」「鍵屋~!」と叫ぶ声が聞こえる。
夜空には眩い花火が絶え間なく咲き誇り、俺達を染め上げようと地上に鮮烈な色を落としている。俺はそんな花火を見ようと何度も夜空を見上げるが、結局、気が付いたら別の場所に目を向けているのだ。
そう、愛日の横顔に。
彼女の花火に照らされた横顔はとても繊細で、綺麗で、そして、思わず見惚れてしまうほどに...儚く感じた。
愛日の茶色がかった瞳に映った花火は、自分の眼で見る花火よりよっぽど鮮やかに光を写している。ふと、愛日が俺の視線に気づき、目が合った。
「...なによ?私じゃなくて上見なさいよ、上」
彼女は怪訝そうな顔で短く呟いた。
「だ、だよな」
ずっと視線に気づかれていたのかと思った俺は途端に恥ずかしくなり、慌てて夜空を見上げ直す。...けれど、やっぱり愛日のことが気になって、横目で彼女を追ってしまう。
彼女の白い頬が、うっすら赤みがかっているように見えたのは、きっと花火のせいだろう。
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「あの二人、どこいっちゃたんだろうね」
「優人一人じゃ心もとないけど、馬酔木さんがついてるから大丈夫だろ」
俺たちは先ほどの混雑極まる大通りから抜け出して、すこし花火から離れた横道を歩いていた。それでも、俺たちの背後では花火が時折顔を覗かせる。
「一旦ここら辺で止まらない?変に動きすぎてもっと遠ざかってもアレだしさ」
愛日が近くのガードレールに軽く腰かけて、提案をしてきた。
俺も彼女の意見に賛成し、愛日のすぐ横に腰をかけた。
ドーーーンッ!!
バァーーーンッ!!
ドーーーンッ!!
打ち上げ地点からそこそこ離れたこの場所でも、鼓膜が揺れるくらいには音と光が届く。そのせいか、この横道にも見物人は大勢いる。
カップルや、家族連れ、カップル、男グループ、カップル、またカップル...
......カップルが多いな。
ってか、俺と愛日も周りから見たら充分カップルなのでは...!?
...いかんいかん。変なこと考えんな俺。
しかし、一体優人は何をしているんだ。Wデートとか言っておいて、早々に離れ離れになってしまっているではないか。そのせいで、俺はほとんど愛日と二人っきりで行動することになってしまったんだぞ?
.....いや、それ自体は願ってもないことなのだが。
愛日の様子を横目でチラリと伺うと、彼女は建物の向こうで上がる花火をぼーっと眺めていた。愛日のその姿に俺が見惚れていると、心の中のリトル山根源が声を上げた。
(おい、山根源よ。今なのではないか?告白をするのなら、今なのではないか...!?こんな二人っきりな状況、そうはないぞ!!)
ううむ...確かにその通りだ。
せっかく二人きりなのだし、チャレンジするのなら今なのでは...!?
なんて考えていると、もう一つの声が頭の中に響く。
(いや、山根源、落ち着け!こんな場所で告白なんかして振られたらどうする...!?俺はもう生きていけないぞ!!)
確かに、今告って振られでもしたら、帰り道が気まずい所の騒ぎではない...!
俺は心の中の「オトコ山根」と「チキン山根」に両腕を引っ張られ、グルグルと目が回りそうだ。
(くぁ~!!どうすればいいんだ!!告白するにしても、一体なんて言えば...!何かロマンチックな台詞は無いのか...!?例えば、「月が綺麗ですね」...って花火大会で言うセリフじゃないし!考えろ考えろ~!!)
今の俺に、花火なんかを見ている余裕はなかった。
しかし、そんな俺の横で花火を眺めていた愛日が、静かに口を開いた。
「ねぇ、源。楓の栞、覚えてるでしょ?」
その愛日の言葉で俺は思考の迷路から解放され、我に返る。
楓の栞.......
あれは愛日と出会ってすぐの時、愛日の家で遊んだ時に見つけた栞だ。たしか楓の葉が押し花として入っていて、光に透かして見ると赤茶色に光っていて綺麗だったんだよな。
それと、この間愛日に小説を借りた時、一緒についてきたっけ。
「うん、覚えてるよ。今俺が貸してもらってるよね?返した方が...」
「ううん、そうじゃなくて」
返してほしいのかと思ったが、どうやら愛日はそういうつもりで言ってきた訳じゃ無いらしい。
俺の言葉を遮った愛日は、そのまま続ける。
「楓の花言葉、知ってる?」
数年前、全く同じ質問をされた気がする。
「知らないよ?っていうか、昔愛日が勿体ぶって教えてくれなかったんだろ?」
愛日は、「そうだったっけ」なんて言いながら、可愛らしくこちらを振り返った。
彼女の背後の夜空には、色とりどりの花火が咲いては散っている。
「じゃあ今日は教えてあげよっかな~」
今回も愛日は勿体ぶっているが、なんだかんだ教える気になったらしい。
紅をさした彼女の口が、ゆっくりと開く。
「...楓の花言葉はね、『大切な思い出』」
...大切な思い出、か。
俺の頭の中に、今まで愛日と過ごした日々が蘇る。
「今日もきっと、私にとっては一生忘れられない、『大切な思い出』になるんだろうな」
ふと、愛日は夜空を見上げて呟いた。
俺も今日は、
...いや、今日だけじゃない。愛日といた日々は全部、一生忘れない『大切な思い出』だ。
けど、そんな今日をこのまま終えてしまっていいのか?俺。
愛日に自分の気持ちを伝えなかったら、この先ずっと後悔する気がする。
(言うんだ。山根源...!!ロマンチックな台詞は知らないけど、この気持ちを、ありのまま.....!)
俺は一度深呼吸をして、花火を眺めていた愛日の方に向き直る。
「愛日......」
「ん、どうしたの?そんな改まって」
愛日の背後を、一つの火の玉が駆け上がっていくのが見えた。それはヒュ~っと音を立てて、黒い天へと突き進む。
涼し気な風が愛日の髪を靡かせ、俺の傍を通り過ぎた。
周りでは沢山の人間が顔を上げ、夜空を染め上げる火花を今か今かと待っている。
一瞬の静寂が、俺と愛日を包み込んだ。
「好きです。」
火の玉は遥か上空で盛大な冠菊を作り、轟音を町中に響かせる。
....けれどその轟音は、ドラマみたいに俺の声をかき消してくれなかった。
周囲の人間が一斉に「たまや!」「かぎや!」と叫ぶ。
眩しい花火に顔を照らされて、俺は思わず目を細める。愛日の顔は背後に上がった花火の逆光で、見ることができなかった。
花火の光が徐々に夜空の暗闇に溶けだした頃、愛日の顔が浮かび上がってくる。
愛日は、
今にも泣き出しそうであった。
俺にはその表情の真意が分からず、狼狽えかけてしまう。
そんな俺に、愛日が涙を流しながら笑いかけた。
「私も、好きです.....!!」
...きっと、この景色を忘れることは一生できないだろう。
愛日の透明な涙は、夜空に咲く花火に照らされてキラキラと光っていた。
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その頃物陰にて.....
「よし!やったな!源!!」
「愛日もよかった~!」
電柱の裏から源と愛日を見守る人影が二つ。
「いや~!成功してよかった!これも俺と真紀ちゃんのおかげじゃないか~!?」
「優人君、はしゃぎすぎ!見つかっちゃうって!」
「たしかに、あのムードの二人を邪魔しちゃいかんな。.....ってことで、俺たちは俺達で楽しもうよ、ま~きちゃん!」
「ちょっと優人君!もう少しあの二人を見ておかないとでしょ~!」
花火はこの世界を照らすように咲き続けていた。
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