19.彼女が視るは、新たな未来か
他の人間と自分で、視えているものに違いがある――と。
ロナがそう理解したのは、ちょうど物心がつき始めたぐらいの頃だった。
それは、物事についての解釈の違い――などといった、喩えとしてのものではない。
事実としてロナは、彼女以外の誰にも『視えていない』ものが視えていたのだ。
そして、それについての会話が、兄のランディとも幼馴染みのアキとも噛み合わないことで……やがて彼女はその事実に気付き、理解したのだ。
そうした『特異性』は、庭都の伝統的かつ一般的な考えとしては、あまり歓迎されない類のものであることは間違いなかったが……。
幸いにして、幼少期を最も長く共に過ごしたランディもアキも、そうした彼女の特異性を忌避するような人間でも、無闇に言いふらすような人間でもなかったため――ロナは社会的な非難の槍玉に挙げられることもなく、他者にそれを知られることもなく……平穏に成人までを過ごすことが出来たのだった。
もっとも――兄と同じく、生来の『探求気質』まではどうしようもなかったということか……聡明さは買われながらも、様々な研究に没頭するその様子から、『変わり者』扱いまでは避けようもなかったが。
そして今、そんな彼女は――
「……北部地区から、地鳴りが大きくなってきているという報告がありました!」
「特に危険が大きいと判断される区域を書き出しておきました!
そこの住民から避難を優先させて下さい!」
「西部地区でも同様の報告が上がっているが……どうする?」
「西部は今のところ安定しています! まだ大丈夫です!
すぐ動けるよう準備だけはしつつ、落ち着いて待機してもらって下さい!」
カタスと合同で設けた、中央避難指示所にて……各方面からひっきりなしに寄せられる情報をもとに、カタスやイクサへの、住民の避難指示の陣頭指揮を執っていた。
ランディとシンドによる、白鳥枝党へのカタスの全面協力の発表から、明けて翌日――。
天を覆う、未だ厚い黒雲は星の意志であると言わんばかりに……庭都は、刻一刻といや増す災害の予兆に翻弄されていた。
これまで既に、〈星災〉に備えての避難計画などは調えられ始めていたが……それがさらに切羽詰まったような形である。
人々の想いが、いよいよ一つになるのに比例して――本当の意味で〈星災〉たる災害もその足を速め、目前まで迫ってこようとしているのだ。
ただ幸いなことに――皮肉なことに、とも言えるかも知れないが――そうして人々がそれぞれの想いを確かなものと再認識したことにより、こうした事態になっても混乱と呼べるような混乱は起こっていなかった。
〈星災〉への緊張と恐怖は誰もが感じていただろうが……同時に、それに屈しないという意志をも持ち合わせていたからだ。
そんな空気の中……冷静に指示を飛ばし人々を導くロナの様子は一見して、いかにも知性派の彼女らしく、情報を瞬時に精査して的確に行動しているように見える。
しかし――実際は少し違っていた。
もちろん、集まってくる情報も大切な判断要素ではあるのだが……それだけではない。
彼女には『視えて』いたのだ――押し寄せる情報の中に、そして何よりこの大地そのものの内に……彼女にしか視えないものが。
そして、それらは表面的な情報よりも、早く、深く……彼女に告げるのだ。
災害の起きる場所を、規模を――その危険性を。
ゆえに彼女は、何よりもそれを視、信じて……指示を出しているだけなのだ。
そうして『視えている』ものを、正確にはどう表現すればいいのか――彼女も未だに分からない。
むしろ、今となっては……そもそも既存の言葉・概念で説明しようとすること自体が間違いなのではないか、とすら感じている。
いや、それどころか――。
(わたしが真に求めていたもの、目指していたものは……。
『これ』の共有、だった……?)
忙しく立ち回る最中……ふと、そんな閃きがロナの脳裏を過ぎる。
自分が、過去の遺物や歴史、かつての失われた文明を研究していた――せずにはいられなかった、その本当の意味は。
それらを復活させようというのではなく……。
むしろ、それへの理解を深めた上で――それとはまったく別の切り口をもった、新たな文明へ至ろうとしていたからではないか、と。
そう……言うなれば、この星そのものと、そこから生まれた存在に――命あるものもそうでないものも、物質も現象も、そのすべてに宿り流れる、いわば〈意志〉めいたもの。
それを視、触れ、詠み解くかのような――幼い頃から自分が持っていた『感覚』を、誰もが扱える、共有された技術・学問として確立すること……。
そして……それが基盤となる、新たな文明への道筋を整えること――。
それこそが、自分が本能どころか、魂で求め続けてきたことなのではないか――と。
以前、シニカミなる存在だという女性から告げられた、
『目指し続けているものへのきっかけは、自身のうちにこそある』
という言葉を思い返しながら……ロナは、確信めいた思いを深めるのだった。
(ならなおのこと、この〈星災〉を頑張って乗り切らないと……!)
忙しなく動く中での思い付き……あるいはだからこその、気の迷いのようなものかも知れないとも思ったが。
この緊急事態において、その先でやるべきことを見出すのは悪い気分でもない――と、少しばかり晴れやかにもなりながら作業に戻るロナ。
――そんなときだった。
「――――っ!?」
これまでにない強い『何か』を感じたロナは、顔を跳ね上げるや……慌てて外へと飛び出る。
そして、迷うことなく一点へと視線を向けた。
「これ、は……!」
その一点を起点に、庭都全域へと広がる――強い『何か』の感覚。
それが意味するところを悟り、ロナは青ざめる。
これまでのものとは比較にならない規模の、本当の〈星災〉の胎動――。
それが発現したならば……。
今自分たちが行っている避難行動など、ほとんど意味を為さないだろう。
人類すべてが死滅してしまうわけではなくとも……。
庭都が完全に壊滅するのは疑いようもない――それほどの規模の、まさしく〈星災〉だ。
「……っ!」
ロナは素早く視線を左右に走らせ――他地区の様子を見に行っていたのだろうアキが、馬に乗って戻ってきたのを見つけるや。
すぐさま駆け寄り、有無を言わせずその後ろに飛び乗った。
「ロナ!? 何だお前、いきなりどうした――」
「アキ! 急いでわたしの指示通り走って!
――お願い、早く!!」
一体何事かと、アキが逡巡するのも僅か一瞬のこと。
すぐさま「振り落とされるなよ!」と馬の腹を軽く蹴る。
勢いよく走り出す馬の上、アキにしっかりしがみつきながら――ロナはなおも、先の一点を見据えていた。
かつて幼い頃――不思議な巨きな人と出会った、あの高台を。
「〈白き黄金の方〉……! あなたは……!」




