20.永く永い、時の果てに
庭都を見晴るかす高台――。
世界と地続きのはずのそこが、近付くにつれ、まるでまったく別の空間であるかのようにアキには感じられた。
その胸に湧き起こる感覚は……そう、畏怖だ。
何か、途方も無く大きな存在に近付いているような――恐れであり、畏れ。
やがて――彼が駆る馬もまた、そうしたものを感じ取ったのか……あるいはそもそも知っていたのか。
坂道を登り切る前に、足を緩め、止まり……まるで跪くかのように、静かに膝を折る。
そんな馬に一言礼を残し、ロナは素早く飛び降りて坂を駆け上がる。
一瞬、本能的な戸惑いを覚えるも――歯噛みとともにそれを黙殺し、すぐさま後を追うアキ。
「――〈白き黄金の方〉……!」
高台へ辿り着くや、ロナが発した――名前ですらない呼びかけ。
それが、その場に一人佇む、白い衣を纏った巨きな男に向けてのものであることは、アキにもすぐに分かった。
そこにいたのが、その男だけだったから――ではない。
その巨きな男の気配が、明らかにただの人のそれとは異質だったからだ。
むしろ、こうして『人の姿』であることに違和すら感じるほどだったからだ。
ロナがここへ来ようとした理由――今まさに庭都を覆う〈星災〉の根源が『彼』にあるのだと、本能的に理解出来たからだ。
「ほう……来たか。
そこまでは『視えない』と思っていたのだが」
静かに佇む巨きな男が、応えながらその深く青い瞳をロナたちの方を向ける。
アキには、その声はまるで大地そのものが発しているように――そして瞳の青は、この星そのものの色のようにすら感じられた。
その途轍もないまでの圧倒的な存在感を前に、アキは、思わず逃げ出してしまいたくもなるが……だからこそと、必死に内心で己を奮い立たせる。
一度でも屈してしまえば、もう二度と『彼』の前には立てない――ロナを助けることも出来ないと、そう確信したがゆえに。
「やはり、〈星災〉は……あなたによるものだったのですね。
そして――今、本当の意味で……最後の一手を下そうとしている……」
ロナがそう確認を取れば――巨きな男は、鷹揚に頷いた。
「私はかつて忠告したはずだぞ? ロナ。
『違和感』を意識するな、突き詰めるな――と。
それは、未だ根治せぬ……いずれお前たちを滅ぼす悪疫の再発となるからだ。
ゆえに、所詮は微かな痛痒と、素知らぬ顔で忘れて過ごせば良かったものを……。
お前たちは敢えてそれを掻きむしり、休眠していた病を引き起こしてしまった。
もはや看過出来ないまでに、その因子を増悪させてしまった。
ならば――私がすること、出来ることは。
お前たちが再び滅亡の危機に瀕する前に……荒療治を以て、それを沈静化すること。
……ただ、それだけだ」
「――待って! 待って下さい!
わたしたちの――人間のためだと、そう仰るのなら……!
〈星災〉を止めて下さい――お願いします!」
ロナがそう必死に食い下がると……巨きな男は一瞬、微かな苦笑を浮かべる。
「……お前がそれを言うとはな。
かつては、同じく人間のために――と、まったく逆の選択をしたお前が」
「え……? なに、を――」
まったく予想だにしなかった……思いも寄らない、しかしなぜか頭から否定出来ない言葉を投げかけられて、困惑するロナ。
しかし巨きな男はそれに応えることもなく――大きく首を横に振る。
「何にせよ、私はそれを聞き届けるわけにはいかん。
お前たちの行く末を案じればこそ――それが先々、この星の願いに添うのだと信じればこそ。
私はこの〈星災〉を以て、お前たちを止めねばならんのだ」
「――待てよ、待ってくれ!!」
ロナに続き、今度はアキが――声を限りに、巨きな男に呼びかけた。
はっきり言ってアキは、二人の会話を完全に理解出来ているわけではない。
……当然だ、彼はこれまで〈白き黄金の方〉について聞かされたことはなく、いきおい会うのも初めてなのだから。
それでも――まさに『彼』こそが〈星災〉を起こそうとしていると……それだけは紛う方無き事実として認識していた。
巨きな男がそれほどの『存在』であることは、目の当たりにすれば否応なく理解出来たからだ。
そして……彼もまたかつて、そうした『存在』に出会ったことがあったからだ。
そんな大きな『存在』を前に、自分ごときが何かを言ってどうなるものなのか――という思いもあった。
しかし、同時に――だからこそ黙っているわけにはいかない、という想いもあった。
むしろ、そちらの方が……彼の中では遙かに強く、大きかったのだ。
「かつて失敗したからこそ、俺たちは前に進まなきゃならないんだ!
今度こそ失敗しないように! 今度こそ別の未来に至れるように!
そして――もしも仮に、また失敗したとしても……!
次こそ失敗しないために――その記憶を、想いを、先へと繋げていくために!
そうして、いずれ俺たち人間が……本当の意味で独り立ちするために!
俺たちは、前に進もうとしなきゃいけないんだ! だから――っ!」
「それこそが、まさに――悪疫の兆候というものだ」
アキの必死の言葉にも……しかし、巨きな男が揺れることはなかった。
冷静に言い切った彼は、ついと静かに手を挙げる。
すると、合わせて――続いていた地鳴りが、さらに、明らかに大きくなり始めた。
その意味するところを察し、ロナとアキが息を呑んだ――その瞬間。
「…………?」
――唐突に、地鳴りが止まった。
まるで、初めからそんなことは起きてすらいなかったとばかりに。
その場に訪れたのは、時が止まったかのような――静謐。
何がどうなっているのかと、二人が戸惑う中……巨きな男だけが、何かを悟ったような表情で二人の背後を見やる。
「……久しい、な。
まさか、今、このときになって……君と再会することになるとは」
巨きな男の反応に、二人も慌てて振り返ってみれば――そこには。
「はい。そろそろ、1万年ぶり――ぐらいになるでしょうか。
お久しぶり、ですね――」
以前、一度だけアキが出会ったことがある二人――。
小さな女の子と、彼女と手を繋ぐ……白髪に紅い瞳の、白い少年が立っていた。
「かつて、あなたと約束した通りに。
永い――本当に、永い時間がかかりましたけど。
この目で、『世界』を見てきました……ヨトゥン」




