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【新装版】 屍喰神楽 ~シニカミカグラ~  作者: 八刀皿 日音
4章 新たな世界へ

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20.永く永い、時の果てに


 庭都(ガーデン)を見晴るかす高台――。

 世界と地続きのはずのそこが、近付くにつれ、まるでまったく別の空間であるかのようにアキには感じられた。


 その胸に湧き起こる感覚は……そう、畏怖だ。

 何か、途方も無く大きな存在に近付いているような――恐れであり、畏れ。


 やがて――彼が駆る馬もまた、そうしたものを感じ取ったのか……あるいはそもそも知っていたのか。

 坂道を登り切る前に、足を緩め、止まり……まるで跪くかのように、静かに膝を折る。


 そんな馬に一言礼を残し、ロナは素早く飛び降りて坂を駆け上がる。

 一瞬、本能的な戸惑いを覚えるも――歯噛みとともにそれを黙殺し、すぐさま後を追うアキ。



「――〈白き黄金の方〉……!」



 高台へ辿り着くや、ロナが発した――名前ですらない呼びかけ。

 それが、その場に一人佇む、白い衣を纏った巨きな男に向けてのものであることは、アキにもすぐに分かった。


 そこにいたのが、その男だけだったから――ではない。


 その巨きな男の気配が、明らかにただの人のそれとは異質だったからだ。

 むしろ、こうして『人の姿』であることに違和すら感じるほどだったからだ。


 ロナがここへ来ようとした理由――今まさに庭都を覆う〈星災(せいさい)〉の根源が『彼』にあるのだと、本能的に理解出来たからだ。



「ほう……来たか。

 そこまでは『視えない』と思っていたのだが」



 静かに佇む巨きな男が、応えながらその深く青い瞳をロナたちの方を向ける。

 アキには、その声はまるで大地そのものが発しているように――そして瞳の青は、この星そのものの色のようにすら感じられた。


 その途轍もないまでの圧倒的な存在感を前に、アキは、思わず逃げ出してしまいたくもなるが……だからこそと、必死に内心で己を奮い立たせる。

 一度でも屈してしまえば、もう二度と『彼』の前には立てない――ロナを助けることも出来ないと、そう確信したがゆえに。



「やはり、〈星災〉は……あなたによるものだったのですね。

 そして――今、本当の意味で……最後の一手を下そうとしている……」



 ロナがそう確認を取れば――巨きな男は、鷹揚に頷いた。



「私はかつて忠告したはずだぞ? ロナ。

 『違和感』を意識するな、突き詰めるな――と。

 それは、未だ根治せぬ……いずれお前たちを滅ぼす悪疫の再発となるからだ。

 ゆえに、所詮は微かな痛痒と、素知らぬ顔で忘れて過ごせば良かったものを……。


 お前たちは敢えてそれを掻きむしり、休眠していた病を引き起こしてしまった。

 もはや看過出来ないまでに、その因子を増悪させてしまった。


 ならば――私がすること、出来ることは。

 お前たちが再び滅亡の危機に瀕する前に……荒療治を以て、それを沈静化すること。

 ……ただ、それだけだ」



「――待って! 待って下さい!

 わたしたちの――人間のためだと、そう仰るのなら……!

 〈星災〉を止めて下さい――お願いします!」



 ロナがそう必死に食い下がると……巨きな男は一瞬、微かな苦笑を浮かべる。



「……お前がそれを言うとはな。

 かつては、同じく人間のために――と、まったく逆の選択をしたお前が」



「え……? なに、を――」


 まったく予想だにしなかった……思いも寄らない、しかしなぜか頭から否定出来ない言葉を投げかけられて、困惑するロナ。


 しかし巨きな男はそれに応えることもなく――大きく首を横に振る。



「何にせよ、私はそれを聞き届けるわけにはいかん。

 お前たちの行く末を案じればこそ――それが先々、この星の願いに添うのだと信じればこそ。

 私はこの〈星災〉を以て、お前たちを止めねばならんのだ」



「――待てよ、待ってくれ!!」



 ロナに続き、今度はアキが――声を限りに、巨きな男に呼びかけた。


 はっきり言ってアキは、二人の会話を完全に理解出来ているわけではない。

 ……当然だ、彼はこれまで〈白き黄金の方〉について聞かされたことはなく、いきおい会うのも初めてなのだから。


 それでも――まさに『彼』こそが〈星災〉を起こそうとしていると……それだけは紛う方無き事実として認識していた。

 巨きな男がそれほどの『存在』であることは、目の当たりにすれば否応なく理解出来たからだ。

 そして……彼もまたかつて、そうした『存在』に出会ったことがあったからだ。


 そんな大きな『存在』を前に、自分ごときが何かを言ってどうなるものなのか――という思いもあった。


 しかし、同時に――だからこそ黙っているわけにはいかない、という想いもあった。

 むしろ、そちらの方が……彼の中では遙かに強く、大きかったのだ。



「かつて失敗したからこそ、俺たちは前に進まなきゃならないんだ!

 今度こそ失敗しないように! 今度こそ別の未来に至れるように!


 そして――もしも仮に、また失敗したとしても……!


 次こそ失敗しないために――その記憶を、想いを、先へと繋げていくために!

 そうして、いずれ俺たち人間が……本当の意味で独り立ちするために!

 俺たちは、前に進もうとしなきゃいけないんだ! だから――っ!」



「それこそが、まさに――悪疫の兆候というものだ」



 アキの必死の言葉にも……しかし、巨きな男が揺れることはなかった。

 冷静に言い切った彼は、ついと静かに手を挙げる。


 すると、合わせて――続いていた地鳴りが、さらに、明らかに大きくなり始めた。


 その意味するところを察し、ロナとアキが息を呑んだ――その瞬間。




「…………?」




 ――唐突に、地鳴りが止まった。

 まるで、初めからそんなことは起きてすらいなかったとばかりに。


 その場に訪れたのは、時が止まったかのような――静謐。


 何がどうなっているのかと、二人が戸惑う中……巨きな男だけが、何かを悟ったような表情で二人の背後を見やる。



「……久しい、な。

 まさか、今、このときになって……君と再会することになるとは」



 巨きな男の反応に、二人も慌てて振り返ってみれば――そこには。



「はい。そろそろ、1万年ぶり――ぐらいになるでしょうか。

 お久しぶり、ですね――」



 以前、一度だけアキが出会ったことがある二人――。

 小さな女の子と、彼女と手を繋ぐ……白髪に紅い瞳の、白い少年が立っていた。



「かつて、あなたと約束した通りに。

 永い――本当に、永い時間がかかりましたけど。


 この目で、『世界』を見てきました……ヨトゥン」




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― 新着の感想 ―
1万年とは、我々人類には想像もできない、途方もない年月ですね……。 そもそもまだ西暦になってから、2000年ちょっとしか経ってないわけですし……(笑)
おやロナちゃん、もしや前世のどこかは屍喰なのでは? そして年代ジャンプの幅が長くてわろちでしたわ。
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