17.愚かなる人は、しかし愚かなままではない
ついに、〈星災〉としか思えない災害が起きたこと――。
それは大地のみならず、庭都に住まう人々の心をも大きく揺さぶった。
ランディら〈白鳥枝党〉の思想を受け入れていた者たち……その多くが、自分たちが道を誤ったからなのでは、という罪悪感を覚える一方で。
自らの心が素直に共感し、自然と正しいと感じたこと……それが本当に過ちなどというものなのか――とも思え、揺れる心の置き場に迷っていたのだ。
そうして――枝党の有志やイクサの面々が、さらなる〈星災〉に備えて、避難計画や備蓄物資の分配について早急に計画を練る中……。
カタス総括たちは、今や庭都では少数派となった、枝党の思想を頑なに避けていた者たちとともに……この事態を招いたのは、旧来のカタスの在り方を破ったからに他ならない――と、枝党の責任を追及する場を設ける。
その場において、代表者のランディが非を認め、枝党が掲げてきた思想を撤回し、人々に旧来の在り方を取り戻すよう訴えたならば……。
星もその怒りを鎮め、〈星災〉もまた治まる――そう確信しているかのように。
「……もはやそういう段階の話じゃない、って分からんのかねえ」
護衛のような形で、ともに登壇することになっているアキがそうこぼせば……ランディは小さく首を振った。
「私は……彼らの気持ちも良く分かるよ。
それもまたきっと、遙か昔から続いてきた、人の在り方の一つなのだろうからね。
そして、だからこそ――私たちにとっての、通過儀礼でもあるのだろう」
アキに応えてランディは、そのまま歩みを進める。
その行く先は、カタス本部前の広場――本部入り口に続く、緩やかな階段途中の大きな踊り場だ。
他より小高い場所であるため、視線を廻らせれば……広場に集まった、多くの人々の姿が良く見える。
彼らは、切っ掛け――あるいは後押しを待っているのだ。
揺れる己の心を、どちらに定めるべきか……そのための、最後の判断材料を。
そんな人々に向けて、まずはカタス総括の一人が、彼ら自身の主張を高らかに告げる。
白鳥枝党の思想は、星が求める人の在り方とは違い――人々を、世界を、果ては星をも害するものであるからこそ。
星はそうなる前に、今、〈星災〉を以て人々を戒めようとしているのだ――と。
ゆえに、本当にこの庭都のことを思うのなら……枝党に影響された思想は、過ちとして捨てなければならない――と。
「こうしてこの場に、白鳥枝党の代表である彼が立つのも!
我らの求めに応じ、その活動を過ちであったと――」
「私たちは」
総括の主張に割り込む形で、ランディは一歩前に出た。
その声は、決して大きなものではなく穏やかながら――すみやかに、広場全体へと広がっていく。
「私たちは――皆さんは。そして、人間は……ただ、気付いただけです。
私たち自身の胸の内に隠れていた想い……日々を生きる中、微かな違和を訴え続けていた、その想いの正体に。
それはきっと、太古の昔より――人が人として生きるようになってから、誰もが大なり小なり抱き続けてきた、前へ先へと進もうとする意志。
進化、進歩と呼ばれるような道を行くための、支えとなる力。
しかしそれは、強い力でもあるがゆえに……幾度となく私たち人は扱いを誤り、災いをももたらしたのでしょう。
だからこそ星は、〈星災〉をもってそんな人間たちを戒めてきたのでしょう。
そして、ゆえに私たちは――かつてはあったその意志を胸の内に封じ、前へ先へと歩むことをやめ……緩やかな平和の中に、永きに渡って身を沈めてきました。
――人は、愚かです。
この星に生まれ出でてより、遙かな歳月を閲した今でも――きっと、まだ。
しかし――完全に愚かなままではないのです。
幾度も過ちを繰り返す中で、世代を超えて生き続ける中で……ほんの僅かずつでも、学びを得てきたはずです。
その学びを活かしたい、活かさなければならない――そんな想いを、この身体を流れる血とともに受け継いできたはずなのです。
そうでなければ……私たちは庭都の穏やかな平和のうちに、それらをきっぱりと捨て去っていたことでしょう。
違和感として、正体の知れないままに抱き続けることもなかったでしょう。
そうです、私たちはただ、気付いただけ――思い出しただけです。
人が、人で在るからこそ持ち得る想いを、意志を。
連綿と受け継いできた、『人』としての意志を。
星が私たちを戒めんとするのは、私たちを案じてのことでもあるでしょう。
ならばなおのこと――私たちは、証明しなければならないのではないでしょうか。
〈星災〉を恐れることなく――この意志を携えて、前へと進み……。
戒められずとも、私たちは少しでもより良い道を進んでいけるのだと。
楽園で守られる日々を出でて――今度こそ、自らの足で歩いて行けるのだと。
独り立ちの時が来たのだ――と。
母なるこの星に、示さなければならないのではないでしょうか……!」
ランディの、静かながら力強い言葉に……迷いを抱いていた人々の目が、上向く。
霧に惑う中、改めて灯った道標を見上げるように。
しかし、明確な動きとしての反応を真っ先に見せたのは……彼らではなかった。
控えめで優しい拍手とともに、ランディへと歩み寄ったのは――彼とは対となる場にいたはずの者。
カタス総括たる者の一人――シンドだったのだ。




