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【新装版】 屍喰神楽 ~シニカミカグラ~  作者: 八刀皿 日音
4章 新たな世界へ

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16.始まりのその日


 ――〈その日〉は、ついに訪れた。


 その予兆は以前からあった。誰もが、『いずれ』と予感してもいた。

 だが――だからといって、人々がそれを驚き無く受け入れられるわけではない。


 あるいは、その『いずれ』ははるか先かも知れなかったし……星が怒りを鎮めてくれる可能性もあると考えていたからだ。

 予兆だけで済んでいるうちは、都合の良い考えに縋りもするからだ。


 だからこそ――人々は恐れ戦いた。

 星の怒りは確かなものであり、人を戒めんとする意志に迷いは無いのだと。


 庭都(ガーデン)の一地区を呑み込んだ、局所的な地割れは――星の怒りの発露であると。



 今日この日こそが……まさしく〈星災(せいさい)〉の始まりであるのだ――と。





「東部の街区が、地割れに呑まれた……!?」



 ――黒い雷雲が厚く空を覆い、低く唸りを上げる……何とも不穏な朝だった。

 それでもいつものように、ロナとともにランディのもとに集まっていたアキは――息せき切って飛び込んで来た知人の報せに、弾かれたように席を立つ。


 そして、まだ危険である可能性を考慮し、まずは自分が様子を見てくる――と。

 ランディたち兄妹を残し、馬を駆って報せにあった場所へと急いだ。



 果たして――中央と東部との境界にある広場には、明らかにただの外出とは違った様子の、多くの人々が集まっていた。


 一瞬、自分と同じように話を聞きつけた人々が様子を見に来たのかと思うアキだったが……それにしては、あまりに数が多い。

 加えて、東部地区担当のイクサたちが人々に声を掛け、まとめ上げようとしているのが気になった。


 そんなイクサの中に見知った顔を見つけたアキは、話を聞いてみようと馬を下り――



「人的被害はゼロ、だそうだ」



 その瞬間、背後から聞き慣れた声を投げかけられた。


 振り返れば……そこにいたのは、顎髭を撫でさする大柄な男。

 声で分かった通りの、イクサ隊長のケンゴウだった。



「街区が地割れに呑まれたと聞きましたが……」


「そうだな。東部街区は完全に崩壊と言っていいだろう。

 これまでのような予兆程度じゃねえ……注意どころか警告、それも最終警告とでも言うべき、確かな破壊力を伴った災害だ。

 だが――」



 物騒な言葉を並べながら……それでも、ケンゴウに切羽詰まった様子は無い。

 それが、ケンゴウ自身の性格だけでなく、先に言っていた『被害がゼロ』という事実に通じているのだろうということは、アキにもすぐに分かった。



「人的被害はまったく出なかった。幸いなことにな」


「実際に地割れが起きるまで間があり、危険を感じての誘導から避難が間に合った――ということですか」



 自らも安堵の息をつきながら、アキはこの場の大勢の人たちを見やる。

 ……つまり彼らは、辛くも東部街区の崩壊から逃れ得た、避難民なのだ。


 そして、その認識は確かだろうに……困ったような顔で頭を掻くケンゴウは、首を横に振る。



「それがなあ……オレもそうだが、東部担当のイクサにしても、動いたのは地割れが起きてからだ」


「では……住民たちが自発的に?」


「…………それも少し違う。

 『そうしなければならないような気がしたから』――だとよ」


「……は?」



 なおも頭をガシガシと掻きながらのケンゴウの言葉に、アキは間の抜けた声をもらす。


 そんな反応が分かっていたからだろう、ケンゴウは一つ溜め息をつき……。

 しかし改めてアキを見据えたその表情は、真剣そのものだった。



 ……そうして、避難した住民から聞いたと、ケンゴウが語るところによれば――。



 早朝に、大通りを一人歩く小さな少女がいて。

 その姿を見かけた者たちが、一人、また一人と――少女自身は何をするでもなく、何を語るでもなく、ただ歩き続けるだけだったのに――どうしてか、そうしなければならない気がして……皆、彼女の後に続いて。

 やがては、家の中にいた者たちまで呼び寄せられたかのように、徐々に大きくなるその流れに加わって――。

 そしてふと気が付いたときには、皆、この広場までやって来ていて……ちょうどそのときになってから、地割れが起こったのだという。



「で、もうそのときには……先頭を歩き、ここまで彼らを導いたはずの少女は影も形も見当たらなかった――と、そういうことらしい」



 聞く者によっては――いやむしろ大半の人間が、冗談と聞き流してしまいそうな話。

 しかし、それを語るケンゴウも……そして聞いたアキも、なぜかそれを真実と確信していた。

 少女が何者だったのかも、何が起こったのかも説明出来ないというのに、疑う気持ちなどまるで湧かなかった。


 いや……アキには一つだけ、感覚的に分かったことがある。


 それは、その少女が――かつて彼の前に、どこか懐かしい面影の少年とともに姿を見せた、あの少女に違いない――ということだ。


 その正体など分からなくとも。証拠などなくとも。

 これもまたアキにとっては……なぜか、疑いようのない確信だった。



「まったく、星はよぉ……。

 オレたちを押し止めたいのか、背中を押したいのか……どっちなんだろうなあ」



 首に手をやり、コキリと骨を鳴らしながら……苦笑混じりにケンゴウはつぶやく。

 何とはなしに、言い得て妙だとアキは頷いた。



「さて……しかし、それがどちらであるにせよ、だ。

 ここからどうするか――だぞ、坊主?」


「ええ……そうですね。分かってます」



 今回は人的被害は出なかったとはいえ、明らかな形で〈星災〉が始まったのだ。

 大丈夫かも知れない――という、甘えの余地は失われた。これまでは辛うじて曖昧だった、猶予の一線は超えたのだ。


 こうなった以上、人間には――。

 星の意に逆らってでも、新しい世界を築こうという意志を貫くか。

 星の意に従い、芽生えた意志を捨てて旧来のままの世界へと戻るか――。


 そのどちらかを、はっきりと選び取るしかないのだ。



「まあ、こうして脅しておきながら――だ。

 その実、オレは……」



 自分を呼ぶイクサの人間に手を挙げて応え、そちらへ足を向けながら……ケンゴウは。



「存外、人の答えなど決まり切っていて……。

 そしてなるようになるものだ――と、そんな風に思っているがな」



 そう言い置いて、アキの肩を叩き――立ち去っていった。




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