15.あるべき『信仰』へ
「ここへ来て、さらに『兆候』の頻度が増したか……」
部下のバートからもたらされた情報を精査して――いや、そうせずとも分かりきった事態に、シンドは小さく息をつく。
これまで長い間、天災と呼べるようなものは起こらなかった庭都において……。
しかし最近は、その前触れを思わせる地鳴りが頻発していた。
まるで、大地が――星が、怒りに身を震わせているかのように。
情報として、改めてまとめる必要もないほどに……それは庭都に生きる者なら、誰もが感じているはずのことだった。
これが――これこそが、人間の愚かな行いを戒め、止めようとする……。
星の警告、星の怒り――〈星災〉なのではないか、と。
そして……実際その現象は、人々の間にある種の『萎縮』をもたらしていた。
凄まじいまでの勢いで庭都中に広がっていた、〈白鳥枝党〉の思想――。
その広まりに、明らかな停滞が見られ始めたのだ。
それは――〈星災〉を予感させる兆候と、白鳥枝党の思想と。
その二つに、明確に語られるような証拠がなくとも……因果関係を感じ取り、揺れてしまっているがゆえだろう。
本当にこれでいいのか、星そのものに背いているのではないか――と。
……こうした状況は、ある意味カタスとしては、願ったり叶ったりと言えなくもない。
カタスが守り続けてきた、これまでもこれからも変わらない平穏な生き方……その枠の中へ、人々が再び、自ら戻っていくようなものなのだから。
もはやカタスの手を離れてしまったとも言えるイクサに頼らずとも、強引な手段に訴えずとも――人々が自らの意志で、この事態を、平穏へと終息してくれるのだから。
あとは、緩やかに星が鎮まるのを待てば、すべてがあるべき形に、元通りに――
「……と、そう考えている総括の人間もいることだろうが、な……」
椅子の背もたれに身を預け、天井を仰ぎながら……肺の中の空気とともに、自らもまたカタス総括の一人であるシンドは、そんな言葉を絞り出した。
「シンドさんは……違うのですか?」
傍で聞いていたバートが、改めて問えば――シンドは小さく鼻を鳴らす。
そうして……バートを相手にというよりは、自らに語り聞かせるように、その思いを紡ぎ始めた。
「いや――私も同じ、だったよ。
……そう、彼ら白鳥枝党が――その思想が、世に出てくるまでは」
――シンドは、自らの内に『信仰』とでも呼ぶべきものを持っていた。
言葉自体は、もはやこの庭都には存在していなかったが……その『信仰』こそが、彼の生きる上での道だったと言っていいだろう。
そしてその対象となっていたのは、生まれたときから当たり前のように彼の側にあったカタスと、それが掲げる指針だった。
ただその指針を守り続けることが、庭都の――延いては人々の平和のためでもあると、そう信じていたのだ。
……いや、実際それは間違いではないだろう。
ただただ、平穏と秩序のみを求めるならば……それ以上の道は無いのだ。
しかし、今シンドは……そんな『信仰』にこそ、疑問を抱いていた。
本当の、あるべき『信仰』とは――与えられるもの、盲目的に従うもの……ではなく。
自分たち一人一人が、己の内に光射すものをこそ信じ、仰ぎ、拠りどころとする――そういうものなのではないのか、と。
白鳥枝党の思想を受け、共感している人々は……まさに。
その思想そのものに頭を垂れているわけではなく――それによって光が射した、己の内に眠っていた『想い』をこそ。
そうと言葉にはしなくとも、『信仰』しているのではないか――と。
ならば、自分の選ぶべき道は――
「そうですか……ありがとうございます」
シンドの、カタス総括の一人としては咎められてもおかしくないような心情と信条の吐露に……なぜか、バートは礼を述べる。
どういうことかと問い返せば、バートは苦笑混じりに頭を掻いた。
「いえその、何て言うか……。
僕の中で、いまいち持て余していたというか……はっきりとしなかった気持ちが、今のシンドさんの言葉のお陰で、形になった――そんな感じなんです。
ああそうか、そういうことなのか、って……しっくりと腑に落ちて、納得出来たんです。
だから――はい。ありがとうございます、って……つい」
「! そうか……。
ああ、そうか……なるほど、そういうもの――なのだな」
バートの答えを聞いたシンドは……彼もまた、ふと何かに気付いたように立ち上がっていた。
そして、バートのそれとはやや色の異なる……呆れたような微苦笑をもらす。
「で、あれば……私もまた、私だからこそ出来ることもある――か」
「……シンドさん?」
「ありがとう、バート。
キミのお陰で、私も――私の為すべきことが見えたようだよ」
「あ、え、はあ……」
曖昧に返事をする部下の肩を叩き……シンドは、どこか晴れやかな顔で頷いていた。




