13.〈白き黄金の方〉の思い出
――それは、ロナがまだ幼い頃のことだった。
兄ランディとともに、好奇心に駆られて郊外の探検に出た彼女は、兄とはぐれてしまい……さまよい歩くうち、森の奥、庭都を見渡すにちょうどいい小高い丘に出てしまう。
同じような場所は、もっと中心部に近い位置にもあり、そちらは民の憩いの場として整備もされていたが……こちらはまるで手付かずといった感じだった。
そしてそれが、ロナには奇妙に思えた。
郊外の森林部とはいえ、子供の自分がたどり着けるような場所――そこまで行き来に不便があるような位置でもない。
なのになぜ、こちらの方にはまるで人の手が入っていないのか。
いや――それどころか。
そもそも、これまで誰一人としてここに立ち入った人間はいないのでは――。
そんな風にすら感じる、この場の空気は一体何なのか。
大きな禁忌に触れてしまったような、緊張と恐れと、そして高揚めいたものがない交ぜになった感覚を持て余しながら……ロナが、より見晴らしの良い丘の端へ向かおうとすると。
「ふむ……ここへ至る者がいるとは、と来てみれば」
不意に聞こえた声に、ロナが隣を見れば――。
いつの間にかそこには、一人の壮年の男性が立っていた。
幼いロナにとっては、見上げるほどに背の高い……白い衣をまとった、金の髪の男性だった。
「そして、やはり……視えるか、お前には――私が」
その巨きな人は、深く青い瞳でロナを見下ろす。
それを、ロナは良く知っているような気がした――けれど同時に。
その感覚は、日々生きる上で当たり前のように触れる、この大地を見ることと……同じようにも感じた。
しかし――はっきりと分かることもあった。
それは、この巨きい……白く黄金に輝く人が、『人間では無い』ということだ。
むしろ、この〈星〉そのものにこそ近しいと――そう思えるほどに。
「混じるのは、せいぜいが半分といったところだが……それでもか。
いや、ふむ……そうか。
もう半分もまた、縁はなくとも縁は深い――か。
……なるほど、な」
巨きい人の瞳は、ロナの心の底――いやそれよりもなお深く、魂まで見透かすかのようだった。
それは少なからず、空恐ろしいものだったが……同時に、奇妙な安心感もあった。
そう――まるで、この星そのものと自分自身が、直に触れ合っているかのようで。
「そうだな――さすが、と言うべきか。
お前のその感じ方は、間違いではない」
ロナの考えを読み取ったように……巨きい人はそう言って、微かに笑んだ。
しかしそんな表情も、すぐに消える。
「お前は――今世の名は……そうか、ロナか。
ではロナ、一つお前に忠告しておこう。
お前は幼いが、聡明だ――今はまだその意味が分からずとも、決して忘れることはあるまい」
巨きい人はそう前置きし……視線を、庭都の方へと向けた。
「――『違和感』を意識するな。それを突き詰めるな。
お前たちにとって、それは――今なお根治せぬ、滅びへ至る病のもとでしかない。
ゆえに、目を向けるな。追おうとするな。
それはごく些細な痛痒と同じだ……意識すればより酷くなるが、放っておけばいずれは感じなくなる。
そうして、平和に、穏やかに日々を過ごせ――いつの日か、人間がその悪疫を克服する……そのときまで」
魂にまで染み通るような、静かながら重々しい声で告げて――巨きい人は、きびすを返す。
そして――最後に一言、
「私が、災いを為す必要など無いように」
それだけを言い置いて……ロナの前から姿を消したのだった。
……そんな、ロナが〈白き黄金の方〉と呼ぶ存在との出会いは、彼女にとって鮮烈なものであった。
それもそのはず――庭都を生きる人類には、かつての時代の『神』のような、人を超越した何者かを表す概念も言葉も、存在していないからだ。
ゆえにロナは初めてそのとき、そうしたものの存在を直接に知覚し、意識した。
そしてそれは、今を生きる人類にとって初めての――とも言えた。
だが同時にロナは、これは己の胸にだけ秘め、決して口外するようなことではない――とも感じていた。
だからこそ、兄にも、幼馴染みのアキにも語ることはなかった。
そうして――以来、再び〈白き黄金の方〉と出会うようなこともなかったのだが……。
「それで、あなたは――今度はどうするの?」
陽の傾く中。
井戸を挟んで彼女にそう問いかけてきた、見たところ同年代の女性の気配に――ロナは。
あの〈白き黄金の方〉と同じものを、感じ取るのだった。




