11.任せてしまえばいい
「おう、坊主。調子はどうだ?」
いつものようにランディの家に向かおうと、自室から通りに出たところで、アキは声を掛けられる。
そちらを見やれば、恐らくは彼を待っていたのだろう――街路樹に背中を預けて、大柄な髭面の男が手を挙げていた。
アキにとっては直接の上司でもある、〈イクサ〉の隊長ケンゴウだった。
「え……隊長? どうしたんです、まだ朝っぱらですよ?」
「おいおい、お前、その言い方……オレが朝にはまるで動かねえみてえじゃねえか」
「動いてないじゃないっすか、朝どころか昼だって。実働任務のとき以外は」
事務仕事などで必要に迫られて部屋まで呼びに行ったとき、酒をカッ食らって寝ていた確率は、他の同僚と数えた分も含めて実に9割に上る――。
そんな、もはやイクサの人間にとっては常識とも言える事柄を頭の中で反芻しながら、アキは小さく溜め息をつく。
「それはお前、お前らの自主性を重んじ、信頼して仕事を任せてるだけだ――って、再三言ってるだろうがよ?」
「だからそれを丸投げって言うんだって、再三具申してますよね?」
呆れ気味に苦言を返すアキだが、それも半ば冗談のようなものだ。
なぜならケンゴウは実際、そうして部下に任せた仕事に関して、失敗や不始末があっても、一切全てを一言の言い訳も無く自らの責任として負ってきたからだ。
また、そもそも部下に任せられない仕事については――本人は一切そんな素振りは見せないが――早々に自分で片付けてしまっており……。
そして部下たちもまた、そんなケンゴウの為人を知るからこそ、ただ庇護されるだけでなく、彼の支えであろうと職務に励む――それが今のイクサだった。
「アキぃ……テメエも言うようになったな?
ったく、どいつもこいつも……新人の頃は可愛げもあるってのによ……」
「隊長の下で何年も仕事してれば、誰だってこうなりますよ。
――で……本当にどうしたんです?」
「ああ、それがなあ……」
改めて話を向けられたケンゴウは、ガシガシと頭を掻きながら、面倒そうに――しかし真剣な声色で、シンプルに告げた。
「――〈星災〉の予兆があった」
「……っ!?」
アキは息を呑む。
しかし、続くケンゴウの言葉は……その調子も含めてむしろ、一瞬で張り詰めたその空気をやわらげるものだった。
「……と、そう判断される可能性がある――そんな程度の小規模災害が確認された。
庭都北西郊外の森林部だ、直接的な被害は一切無い」
「……そう、ですか……」
幾分は安堵しながらも、しかしそれだけではない――そんな複雑な表情で、アキは一つ頷く。
「そんなわけだ、今はまだ〈カタス〉の総括連中も様子見と言ったところだが……。
似たような事態が続けば、いよいよもって強硬手段に出るかも知れんな。
――イクサの頭を、渋るオレとすげ替えてでも」
「そんな、それは――!」
「あくまで可能性ってだけだ、ンなシケたツラすんじゃねえよ。
……だいたい、テメエみてえなクソ生意気な坊主ばっかりのイクサが、オレ抜きでまともに動かせるとも思えねえしな」
一瞬表情を曇らせたアキを、ケンゴウは豪快に笑い飛ばす。
「それによお、アキ……ンな程度で今さらやめちまおうなんざ、お前もセンセイも、カケラも思ってねえだろが?
それこそ、〈星災〉が起こるぞ――なんて脅されたところで、だ」
最後には笑みも消し、凄みのある視線を向けるケンゴウに――アキも、それを真っ向から受けた上で頷き、答えとした。
対してケンゴウも、満足そうに頷き返す。
「――そうだ、それでいい。
そうでなきゃ、オレが認めた意味もねえってモンだ」
その言葉通り、ケンゴウは以前、カタスの要請に従ってランディの活動を止める名目でやって来たものの……彼らの思想や決意を聞かされるや、「合点がいった」の一言とともに部下ともども速やかに撤収。
以後は、〈白鳥枝党〉を擁護するような立場にいる。
そして、その『合点』については……後日アキが尋ねたところ、彼と同じように抱いていた『違和感』のことだと教えてくれた。
だが――思想に納得がいったとしても、それを広めることに伴う決意や責任、覚悟といったものがなければ、ケンゴウは決して自分たちを認めようとはしなかっただろうとアキは思っている。
なぜなら、ケンゴウもまた理解しているだろうからだ――それが、これからの人の行く末を左右しかねない思想であるだけに、生半可な心持ちで関わっていいものではないことを。
「なあ、アキぃ……。
この〈星〉そのものの意志か、それを代行しようって存在なのかは知らねえがよぉ……オレを見習えばいいとは思わねえか?」
「酒をカッ食らって寝て過ごせ、ってことですか?」
ケンゴウの言わんとするところを、アキはすぐに理解した。
しかしだからこそ、わざとらしく軽口で返し――ケンゴウのいかにもな舌打ちを引き出す。
「……ああそうだ、テメエみてえなクソ生意気なガキの面倒なんざ、いつまでも真面目に見てる必要はねえってこった。
いっそ任せちまえばいいんだよ――わざわざ〈星災〉なんてモンでビビらせずにな。
場合によっちゃそんなモン、むしろ逆効果になるってのによ――」
徐々に日が昇りつつある空を見上げて――。
馬鹿馬鹿しい、とばかりに……しかしどこか気安さのようなものも込めて、ケンゴウは鼻を鳴らした。




