10.揺れる〈庭都〉
――ロナの参加をきっかけに、ランディの啓蒙活動は急速に勢いを増した。
人づてに、口づてに、その話に興味を持つ人間が広がっていき……。
やがて、自発的にそれを手伝う者たちも出始めて。
当初はランディとアキだけだったささやかな活動は、気付けば集団的なものとなり。
そして――ある種教典とも言える〈新世生命論〉に、『小枝を咥えた白い鳥の絵』が描かれていたことから……。
その絵をモチーフに、彼らは。
〈白鳥枝党〉なる名を冠するまでになっていた――。
「……シンドさん、いいですか」
一言、そう言い置いてシンドの執務室に入ってきたのは〈カタス〉の若手、バートだった。
父もかつてカタスの仕事を担ったことを誇りに、研鑽を積み……最近になってその後を継いだ若者だ。
「バート、どうした?」
「彼ら……〈白鳥枝党〉についてのご報告です」
「ああ……ご苦労さん、聞こう」
目を通していた書類を執務机に置くと、シンドは視線を上げる。
「やはり、ロナが加わってからの影響力の広がりが驚異的ですね。
もともと、彼らへの人々の反応はそれなりに好意的ではあったようですが……彼女が関わるようになってからのそれとは比較になりません」
「だろうな」
バートが告げた事実に、シンドは聞くまでもないと言いたげに溜め息交じりに頷く。
……そう、ロナが様々な面において優秀なのは分かりきっていたことだ。
そして、だからこそ兄の活動を止めるために遣いになってもらったわけだが……。
結果としては――まさしく、ミイラ取りがミイラになった、と言える。
いやむしろ、なるべくしてなった――だろうか。
ロナへの、兄ランディの活動を止めさせようという指示は、シンド個人の判断ではなくカタス総括の総意だったわけだが……。
ロナと接することが多かったシンドにしてみれば、こうなることはむしろ必然のようにも感じられた。
しかしかといって、総括たちがまるで人のことを理解していない――というわけでもない。
むしろ、ロナの行動の方が規格外なのだ――そうするのではないか、という予測があっても、なお……それを実行に移すというのは。
「……また、再三に渡る〈イクサ〉への、枝党に対する自粛勧告要請ですが……」
「それも……わざわざ改めて聞くまでもない、か」
遣いであったロナが、カタスを辞してまで向こうに加わった段階で……〈庭都〉の治安維持を司るイクサには、『活動自粛勧告』を名目に、出動要請がされていた。
そして、一度はその要請通りに出動するものの……以後、イクサ隊長のケンゴウは「活動を自粛させるほどの危険性を感じない」と、要請を蹴り続けているのだ。
それについて、カタスの総括は「取り締まるべき危険性のある思想に取り込まれたのでは」と危惧するも……。
その豪放磊落を絵に描いたような性格から、隊員たちから絶大な信頼を得ているケンゴウが相手では、現段階では明確な罪状が無い以上、解任など安易な対処をすることも出来ず――半ば無駄と知りつつ要請を出し続けるしかなく、今に至る。
いや……それは、何もイクサだけの話ではなかった。
カタスの役人――〈ツカサ〉の中にも、枝党の思想に共鳴する者が現れ始めているのだ。
それがまた、彼ら枝党の活動を抑制しようという動きを緩慢にしていると言えた。
このまま行けば、遠からず、この庭都の民の総意は『彼ら』の側に傾くのではないか――。
シンドは、これまで分かっていた事実をただなぞらえるだけでしかないバートの報告を聞き流しながら……そんなことを考えずにはいられなかった。
いや、そもそも……彼とて、疑問を抱かずにはいられないぐらいなのだ。
庭都のこれまでの在り方と、彼らの説く新たな在り方と……。
自らの心の信ずるままならば、選ぶべきはどちらなのか――と。
「……ご苦労だったな、バート。
君も仕事とはいえ、分かりきったようなことをわざわざ報告するのも面白いものではなかっただろうに」
「あ、いえ……その。
まだもう一つ、ご報告がありまして」
「? 何だ?」
「つい先ほど、連絡があったことですが……。
庭都北西郊外の森林部において……地割れが確認されたそうです」
「……何だって……!?」
シンドは思わず立ち上がっていた。
なぜそれを先に言わないのかと問い詰めたくもなるが……若い新人が、真面目に型通りの報告をしたことを責めるのも酷だと呑み込む。
……そもそも、多少順序が前後したところでどうにかなる話でもないのだ。
「それは……やはり、先日観測された、あの地鳴りによるものか……?」
「恐らくは。
それより先には、そんな事象は確認されていなかった――とのことですから」
「その地割れによる被害は?」
「まったくと言っていいほど無い、と。
農地からも狩猟地からも離れた地点ですので」
――地震など滅多に起こらないこの庭都で、全域において確認された……微かながら確かな『地鳴り』。
あまりに微かであるだけに、それをわざわざ、かの〈星災〉と結びつける者などほとんどいなかったが……。
「被害らしい被害も無い場所に……しかし確かな傷痕――か……」
口の中で繰り返し、椅子に座り直しながら……シンドは。
果たして、これを――〈星災〉を前にしての警告と取るべきなのか……。
そんな苦悩とともに、大きく息を吐き出した。




