9.大地は語る
――焚き火の爆ぜる音が、火の粉に乗って空へと消えていく。
どこまでも深く広がる、満天の星の中へと溶けていく。
同じく、果てなく壮大なサバンナのただ中で。
小さな灯のごとき火を囲むのは、男女一組の若者と――。
全身刺青の施された浅黒い肌に、動物の毛皮だけを纏った一人の青年だった。
「お前たち『人』は、もはや星を詠むに至った。
それを、わざわざ俺と話したいと、このようなところまで――酔狂なことだ」
「そんなことはありませんよ、〈地の声〉。
こうして直に会い、言葉を交わすことは、それだけで意味があります。
――僕は、『人』なのですから」
「……ああ、そうだな。お前の言う通りだ。
それでも、俺のもとを訪れるのはやはり酔狂だとは思うが」
男性の言葉に、刺青の青年――〈地の声〉は苦笑をもらした。
「それで? わざわざ俺に何を聞きたいのだ?
――知っての通り、我ら〈古き民〉は悠久の時の中を、ただあるがまま、大地とともに生きる一族。
今のお前たちに語ることは、もはや無いと思うがな」
「いいえ、だからこそお話を伺いたいのです。
私たちは今、この『私たち』に至った道を、改めて辿っているところですから」
「歴史を、詠むだけでなく――読み、触れ、識るためか」
「はい。血と魂とともに、私たちの内に受け継がれてきたものを外側から見直し、確かなものとするために。
――より良き未来を、星とともに『生きる』ために」
「そのために……〈地の声〉。
人の世界を、変わらず外から見続けてきた――あなたに。
その『声』を、伺いたかったのです」
若者たちの言葉に、〈地の声〉は「そうか」と頷く。
「ならば……どこから語ろうか。
俺が見、聞き、感じたことをすべて語るならば――およそ百年でも到底足りんが。
それは、今のお前たちでもまだ『長い』だろう?」
「そうですね――個人的には、大変興味があるんですが。
なので、今の我々に直接的に繋がる〈始まりの地〉……かの〈庭都〉についてのお話を、お願い出来ますか」
「かつて、ウラルトゥと呼ばれた地……庭都。
やはり、あの地のことか――」
そう呟き、〈地の声〉は北東へ――まさに件の庭都が存在したその方角へと、視線を向けた。
「そうだな……あの地はまさに、真に〈始まりの地〉と言えるのだろうな。
古きを終え、新しきを始めた地――。
そしてそれは、人だけでなく……星にとってもそうだと言えよう」
ゆったりと、厳かに――それでいて、清々しく。
まさにその名の通り、大地の声そのものであるかのような響きをもって。
〈地の声〉は語り始める。
「遙か昔に、人は人自身の手を以て滅びを迎えた――迎えてしまった。
それは、人が人によって何かを選び取る……真に前へと進もうとする、その過渡期の一つのボタンの掛け違い――切っ掛けともなれば、誰もがそうだと指摘すら出来ないような僅かな過ちから始まったがゆえか……。
あるいは、そもそもがそのことすら、『人』の秘めたる総意に基づいていたからか。
大いなる大地にも――その子たる我らにも、それを止める術は無かった。
もとより俺は、あるがままを生きる身。
その世界を、時代をも、ただ見続けるだけだったが……。
我が同胞たちは、そうではなかったようだな。
世界に遺された魂を廻りに還し続ける者、大地と人の心をより深く知ろうと星に潜る者――遙かな年月をかけて、それぞれが己の信じる道を歩んでいたようだ。
道は違えど、願いはただ一つ……この星と、人と、世界のために」
「…………」
〈地の声〉の語りに、若者たちはただ静かに耳を傾ける。
それは、その時を生きた者が語る真実であると同時に――遙か永い歳月を調べに乗せる、詩歌のごとくでもあった。
「やがて、滅びを生き延びた人間たちは、集い、助け合い……一つの都を築く。
――彼ら自身、それが導きによるものとは知らずに。
それが、ある一つの意志によるものとは気付かずに。
そしてその意志ゆえに、その都〈庭都〉は――永く、穏やかな平和の中にあった。
だがそれは……『停滞』だ。
我ら〈古き民〉の『意志』とは一線を画す――似て非なるもの。
かつての過ちとは切り離され、ゆえに先へと歩むことも出来ん箱庭だった。
しかし――言葉や物質、文化といった歴史が断たれようとも。
その廻りの中、魂に刻まれ、連綿と受け継がれてきた『想い』は……何を以てしても、断ち切れるものではなかったのだ――」




