488話 元族長
鹿人と大鼠族の緊張が高まっているが、一人取り残されている者もいる。
蜂人の元族長だ。元族長は自分が元になった事をまだ知らない。その為に今は必至で逃げている。
元族長は側近数人と森に入り数日が経過していた。森の外には大鼠族が元族長を探し回っていると誤解しているからである。
大鼠族は、もう元族長の事等相手にしていないのだが、自分の価値を過大に評価している元族長はまだ重要人物だと思っているようだ。
側近「族長、もう三日も何も食べていません。近くの村へ行きましょう。」
元族長「ではお前が行って来るのだ。食料を奪って来い。」
側近「・・・分かりました。」
側近の一人は、もう一人の側近と共に近くの集落に食料を探しに行ったが、1日経っても戻ることは無かった。
元族長「もしかして殺されたのではないか。」
側近2「そうかもしれません。今我らは狙われているのでしょう。ここは囮となり族長が移動(逃げる)出来るようにしなければなりません。」
元族長「おーーー、そうだな。このままでは飢え死にするしかないからな。」
元族長の側近2は囮として3人を加えて元族長の元を離れていく。
元族長の元にいる側近は2人となってしまった。
元族長は側近4人が向かった方向とは逆の方向へと移動を開始していた。
そして元族長と側近二人は、森の中で木の実を食べながら移動していく。
側近3「族長、このままでは蜂人族の村から離れるばかりです。」
側近4「森の中に移動ですが、方向も分からなくなっています。一度森から出る必要があります。」
元族長「森から出れば殺されるかもしれない。このまま森を移動する。」
側近二人「「・・・・・・」」
こうしてまた数日が経過していくが、元族長たちの食料事情は全く改善されることは無かった。
そしてその夜、二人の側近は静かにその場からいなくなっていた。
元族長「おーーい、誰もいないのか。何故だ何故だ。何故誰も返事をしない。儂は族長だぞーー。」
元族長は朝日が昇り、日が暮れるまで叫び続けていた。だが誰も答える者は居なかった。
元族長は気が触れたように夜になると移動し始めていた。暗闇の中黙々と歩く姿は森に中を迷っているようには全く見えない。
夜が明けるころに元族長の目の前に一つの集落が見えていた。元族長はその集落に何の疑いもなく近づいていく。朝の集落内は忙しく働く者も多くいる。元族長が近づくと集落の者達は直ぐに気づき警戒していく。それはそうだろう元族長の姿は豪華な服装(鎧ではない)であるがボロボロであり薄汚れている。どう見ても落ち武者にしか見えないからだ。
そして一番重要な者がその集落が鹿人の集落であるという事だろう。
鹿人「おい止まれ。」
元族長「儂は蜂人の族長である。食事を持ってこい。」
鹿人「お前馬鹿なのか、ここは鹿人の集落だ。」
元族長「鹿人か、儂は蜂人の族長だ。食事を持ってこい。」
鹿人「・・・・・」
鹿人は周りを見回すと数人の鹿人たちが成り行きを見ているようだ。その一人が村長宅に走っていく。
数分後には元族長は多くの鹿人に囲まれていた。そして馬鹿の一つ覚えのように食事を持ってこいと騒いでいる。
余りに食事食事というので鹿人はパンと水を与える事にした。元族長はパンを下品に食べていく。「足りないもっと持って来い。」
大きなパンを3つ食べた事で少し落ち着いてた元族長は、お礼も言わずに立ち去ろうとしていた。
元族長「な、何をするのだ。儂は蜂人の族長だぞー、頭が高ーーい。」
鹿人「あのなー、自称族長さんよ。只でパンが食べれるわけがないだろう。集落でも貴重なパンを3つ食べたんだ。働いて返してもらうぞ。」
元族長「き、貴様らー何を言っているのだ。儂が蜂人の村へ戻ればパンなんぞ、100でも200でもくれてやるわー。」
物凄い強気な元族長であるが、体格のいい鹿人たちに囲まれている為に段々と声が小さくなっていく。
そしてパン3つ分の労働が決定してしまった。
最後まで蜂人の村へ行けばと言っている為に、有料で使者を出すことが決まった。蜂人村でお礼が無ければ奴隷として働く事を条件に使者二人が蜂人村へと出向く事になった。元族長はこれで全て元通りと顔がにやけている。その間も労働となるが、先が見えた事で文句を言いながらも働く事が出来た。鹿人が食事を提供したことで元気も出てきていたからだ。
数日後、使者が戻って来た。
元族長は労働で気づいていなかったが、鹿人たちは皆で話合っていた。
その内容は、鹿人たちの予想通りと言ってよいものであった。少し頭の可笑しい元族長は完全に見捨てられていた。
使者の二人は蜂人の村へ行くが、かなり警戒されたが新族長が対応した。新族長は、元族長に対して村への引き取りを拒否した。だが鹿人に対してはお礼の品をこれでもかという程、渡していく。
元族長は、蜂人たちはもう関りの無い者として扱っている事を説明し、鹿人の好きなようにしてくれとまで言っていた。
困り顔の鹿人であったが、よく考えれば何の不利益もない事に気付く。お礼の品を貰い、労働力が一人増える。若干煩いが気にしなければただのBGMになるだろう。
使者が戻り数日後、元族長が又騒ぎ出していた。蜂人の村の事で騒いでいる。
鹿人たちもいい加減うるさいので、数日前に戻った事と内容を伝えたのだ。そして元族長は、信じられない狂ったように騒ぎ出していた。
鹿人たちは、蜂人を押さえつけて殺してしまうおかと思ったが、重要な働き手ある事で元族長の喉を潰すだけにした。
鹿人にとって今や元族長はかなり重宝する働き手となっていた。それは体格の大きい鹿人にとって小柄な蜂人は細かい所の清掃などで重宝していたからだ。
村の糞尿処理も元族長の仕事の一つとなり、鹿人たちからはありがたがられている。
声を失った元族長は、不満顔で働いている。
蜂人の元族長は、鹿人の集落でその後20年にわたり働いていたという。質素だが栄養の取れた食事と適度な労働で平均寿命45歳の所、70歳近くまで生きていたという。最後の方は労働も無くなり、鹿人たちが世話をしていたという。
死に顔は笑っていたといわれている。
だが声を失った元族長の気持ちは誰も分からない。




