02 紅之蘭 著 道 『ガリア戦記 35』
【あらすじ】
共和制ローマ。カエサルのガリア遠征六年目のトレヴェリ族反乱をカエサルは鎮圧。他方、中東では盟友クラッススが、パルチア帝国軍に敗れ敗死したことにより三頭派の一角が崩れた。そしてカエサルの報告書『ガリア戦記』は最終章・第Ⅶ巻を迎える。
Ⓒ奄美「ガリア軽騎兵」
第35話 アルプス越え(道)
――ガリア戦争7年目、紀元前52年――
チェナブム(現オルレアン市)は、ガリアにおける商業拠点である。当時のガリア人たちの都市を取り巻く防御柵というのは、立木と枝を利用して、横から横へと桟を架け、間に丸太を打ち込んで並べていき、市街地を囲む工法をとった。
城門の内側にある馬出しの広間に、後ろ手に縛られたローマ商人たちが集められ、斬首されてゆく。ローマ人を襲ってこの町を占拠したガリア・カルヌテス族が虐殺に及んだのである。最後に殺されたのは、名のある騎士で、ガイウスといった。その騎士は商人たちと違って一騎で数十人と渡り合い、力尽きて捕らえられたのだ。
ガリア兵が言った。
「最後の言い残すことは?」
「ない。仇はカエサルがとる」
「カエサルだと? カエサルはまだローマ本国だ。チェナブムまでの道は、ガリア人が抑えた。どうやってここまで来るというのだ」
せせら笑いながら兵士は、ローマ騎士を斬首した。
(カルヌテス族は、一昨年前の反乱で、アッコ王を殺されている。カエサルへの恨みは深い。さて、うちのウェルは上手くやったかな)
処刑場を取り囲むガリア兵の中に、男装の女イミリケがいた。イミリケは、アルウェルニ(オーヴェルニュ)族王子に剣と枕席の手ほどきをした、年上の愛妾だった。イミリケは事の次第を、若き主・ウェルのもとへ早馬を飛ばし、報告へ向かった。
――カエサルのいない冬営のローマ軍は、無敵ではない!――
ガリア・アルウェルニ族の領地は、ケペンナ山(アルプス)の北側にあり、王都をゲルゴウィア(現仏・クレルモン=フェラン近郊)といった。同氏族は、親ローマ派と反ローマ派に分かれ内輪もめをしていた。前王ケルテヘルスは反ローマ派だったので、親ローマ派によって処刑され、王弟である現国王コバンティオは、担がれて襲った。逃れた王子ウェル(ウェルキンゲトリクス)は、地下に潜伏して機を伺っていた。そして、「カルヌテス族がチェナブム事変」を起こすと、同士を誘って王都に雪崩れ込んで叔父コバンティオと取り巻きたちを追放し、玉座を奪った。クーデターである。
紀元前54年のローマ反乱軍の総大将カルヌテス族のアッコ王は、ガリア人たちのカリスマであった。この人が処刑されたことで、彼らは腰砕けとなり、翌年は何も行動を起こしていない。ガリア人たちは、新たなる領袖をアルウェルニ族の若き王ウェルに定め、大王と呼んだ。
ウェル大王の円卓に集ったガリア諸族の中に、カドルキ族の王ルーク(ルクテリウス)がおり、大王はこの人を元帥に叙した。
「紹介しよう、イミリケ。わが友ルークだ」
「あなたが〝戦妃〟イミリケ殿か。噂通りのイケメン女子であるよ」
ルーク元帥は、ウェル大王と同じ年で、人好きのする細身の美男だ。するりと懐に入ってくる。大王の横にいる戦妃に目をやる。すると――、
(やっ、やばい、こいつ。惚れちゃいそう)
「イミリケ、何、赤くしている?」
「ば、何言っているの、ウェル。馬鹿!」
下を向いた戦妃を尻目に、ウェル王がルク元帥につられるようにして笑った。その笑みには嫌味がない。
ルーク元帥は、いまだに前の大反乱の領袖だったアッコ王を慕う諸族王たちの間を密かに巡り、続々と篭絡し、瞬く間にガリアのほぼ全土の所属を、ウェル大王の傘下に収めてしまった。
若い大王は、放浪中に見分した主敵ローマ軍に倣い、ルーズなガリア兵に、軍規というものを定め、約束刻限までに遅参した部族の将軍を処断した。さらに戦闘に際し、各部族将軍たちに対し、兵員武器を均等に配分するといった改革を行っている。――ゆえに、これまでの反乱のときのような、数に任せただけのガリア軍ではなくなった。
ウェル大王はルク元帥に、ガリア全軍の半分を与えた。そして、大王はまだ従わない親ローマ派のピトゥリエゲス族を、元帥はルティニ族をそれぞれ攻略するため出陣した。
冬営期のカエサル不在中に留守を任されたローマ軍の副将ラビエヌスは、同盟国であるピトゥリエゲス族が救援要請をしてきたので、麾下の軍団を率いて出陣するも、救援を求めてきた同部族が、敵と通じているのではないかと疑い、ピトゥリエゲスが国境とする河を渡る際、(これは罠だ! 一昨年前に味方一万が壊滅している!)と、挟撃されるのを恐れて引き返した。
そのころ、カエサルは冬営期のルーティーン、支配下アドリア海のつけね、北伊、南仏からなる三属州で、裁判や行政決済といった総督の本業を行った足で、ローマ元老院に年次報告書「ガリア戦記」を提出に行った。元老院はカエサルを敵視しているが、そこは好意的中立の立場にいる元老院重鎮のキケロに取り持ってもらい、クラッスス戦死後、三頭派で生き残り、ローマの首長・執政官になるポンペイウスと会談。足を引っ張ろうとする元老院を牽制して貰うことになった。
イタリアにいたカエサルは、新たなるガリア大反乱に対して慌てて動こうとはせず、地図を眺め、あれこれ策謀を巡らした。そして敵の動きというものが、シュミレートできるようになると、親ローマ派であるへルウィー族領で、一個軍団を集める。そこはケペンナ山南麓にあたり、背丈をはるかに超える高さに積もった雪を掻き分けて道をつくり、峠を越え、一気にウェル大王本願地・アルウェルニ族領を脅かす。
「ブルータス、これから私は、敵国領内を突き抜け、ガリア各地に点在する各軍団を結集してくる。三日以内だ。それまで指揮を執れ」
(こりゃあ、無茶ぶりだよ)
敵中に孤立している軍団長を押し付けられたブルータスは、あきれ返った。
カエサルは、あまたの愛人たちに対して家財を半減させるときに見せるのと同じように、部下たちのために、生命を惜しまない。近習の騎兵のみで、ガリア北部にいた副将の軍団にたどり着く。
「雪のアルプス北麓にローマ軍現る」の報を受けたウェル大王は、重臣たちに、「本願地に攻め入ったローマの別動隊を先に潰すべきです」と強く迫られ、引き返す。
その隙に北部に着いたカエサルは、アルウェルニ族領にいるローマの別動隊を除く全軍の集結に成功する。
「いっぱい食わされた。カエサルは、王都ゲルゴウィアを挟撃する気だ!」
若いウェル大王は、年の離れた戦妃に向かって、忌々しそうにそう言った。
続く
【登場人物】
カエサル……平民派が支持層。副将ラビエヌスや、ファビウスといった名将、ブルータス、デキムスといった若く有能な腹心がいる。嫡娘ユリアは盟友ポンペイウス後妻『戦記Ⅵ巻』の冬、死産に伴い没する。姪アティアの息子はオクタビアヌス、その姉はオクタビア。
キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサル麾下の有能な軍団長となる。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士層の支持。長男が親元に戻ると次男がカエサルの属将となる。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人層の支持。カエサルの娘・ユリアを後妻に迎える。
ウェル大王……反ローマ派領袖。クーデターにより、ガリア・アルウェルニ族の王・全ガリアの盟主となる。イミリケは教育係で、同王族出自の愛妾。〝戦妃〟の二つ名。麾下にルーク元帥(カドルキ族の王ルクテリウス)がいる。




