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自作小説倶楽部 第24冊/2022年上半期(第139-144集)  作者: 自作小説倶楽部
第142集(2022年4月)/季節もの「新生活」(引っ越し・転勤・新人・辞令)&フリー「神羅万象」(風・香り・鳥・彗星)
16/25

04 らてぃあ 著  新生活 『隣の彼女』

マンションの隣室には美人が住んでいた。思わぬ展開で『俺』と彼女は親しくなるがさらに予想外の結末を迎える。


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美「隣人」

「まあ、ご丁寧に」と斎藤さんは白薔薇のように美しく微笑んだ。そんな気障な例えが浮かんだのは彼女がまとう香りとレースのたくさんついたブラウスのせいだ。さすがは都会、すごい美人がいた。「上下左右の部屋の住人の顔くらい見ておきなさい」と配布用の菓子を送りつけて来た母に少しだけ感謝した。

 持参したのは俺の田舎の銘菓だが斎藤さんは「父がこういうの好きなの」と喜んでくれた。お父さんは美人の娘を心配して時々訪ねて来るらしい。

 もっと話したいという気持ちを押さえて一旦部屋に戻る。

 高校生の頃、好きな女の子と仲良くなりたくて事あるごとに話しかけ、彼女が所属していた手芸部に入部しようとしたら「キモい」と振られてしまったことがある。新生活で同じ轍は踏むまい。

 夜になってから反対側の部屋に挨拶に行くことを忘れたことに気が付いた。

 上の階の田中おばさんによれば俺の隣は両方とも若い独身の女性だという。一人はだらしなくて、もう一人は良い子。30分近い長話で両隣の住人の話は10秒くらいで何がどうだらしなくて。どんな良い子なのか。聞いたかもしれないが記憶が無い。

 あの美人の斎藤さんが『だらしない』わけがないだろうと。俺は残った菓子を放り出した。

 研修や初仕事やらでへとへとになって帰宅するとマンションの前にタクシーが停まった。降りたのは斎藤さんだ。タクシーが走り去る前に斎藤さんは周囲を見回して、俺を見つけた。次の瞬間、彼女は本当にうれしそうに微笑んだ。

「こんばんわ。今帰ったんですか?」

 緩みそうになる顔の筋肉を引き締めながら挨拶する。

「こんばんわ。仕事が立て込んでいるの。まいっちゃうわ」

 斎藤さんは少し真剣なまなざしで俺を見た。一瞬の沈黙の後、言った・

「相談に乗って頂きたいことがあるんです」

「え?」

「私、ストーカーされているんです」

 そのまま俺は彼女の部屋に招き入れられて話を聞いた。

「ずっと、何者かに見られている気配がしていたんです。昨日、嫌がらせの手紙を受け取りました」

「お父さんには相談したんですか?」

「まだよ。仕事で忙しくて都合が付かないの。心配も掛けたくないし」

 カーテンレールの端を見るとハンガーに掛けられた男性用のスーツの上着があった。微かな煙草の臭い。斎藤父は相当なヘビースモーカーらしい。

「手紙の内容はどんなものです?」

「とてもひどいことを書かれていたわ。とても他人には見せられないような内容よ」

 涙ぐむ彼女を見て、少し不用心で、彼女の優し気な態度から勝手に想いを募らせて逆恨みする馬鹿もいるだろうと思ったが、断る選択肢はなかった。

「なんでも協力します」

「ありがとう」

 抱き着きそうになるのをこらえて俺は斎藤さんと連絡先を交換した。

 それから、会社の行き帰りに彼女と待ち合わせた。特に帰りはおしゃれなカフェで待ち合わせたり、短い時間だがデート気分を味わった。

 2週間後、マンションの手前まで来るとスーツ姿の男が俺と斎藤さんの前に立ち塞がるまでは夢のような時間を過ごした。

「お前、お前、裏切ったな」

 俺の親父のようなくたびれた中年男が血走った眼で彼女を睨みつける。怒りのせいか酔っているのか舌が上手く回っていない。俺は斎藤さんを背中にかばった。が、斎藤さんは俺を押しのけて叫んだ。

「違うのよ。あなた。私は浮気なんてしていないわ」

 次の瞬間、俺は猪のように突進して来た男に殴られた。不意を突かれた俺はそのまま倒れてアスファルトで思いっきり腰と肩をぶつけた。世界が暗転する中、きつい煙草の臭いがした。斎藤さんの部屋にあった男物のスーツの臭いだった。

 斎藤さんはとっさに蹲って無事だったと知ったのは翌日になってからだ。

「大丈夫ですか? 警察を呼びましたからね」

 回っていた視界がやっと正常に戻って来るとボブカットに大きな瞳の可愛い女の子が僕を覗き込んでいた。背後で男と女の諍いの声が聞こえた。斎藤さんは「奥さんを騙すため」とか「貧相な男を私が好きになるわけないじゃない」とわめいていた。


 翌週の末にはすべてが終わっていた。

 斎藤さんがストーカーされていたことは本当だったが、ストーカーは男ではなく不倫相手の妻だった。斎藤さんが『父』と周囲に偽っていた男こそ不倫相手で俺を殴った人だった。関係が妻にばれたため二人は接触を避け、斎藤さんは俺と付き合っているように見せかけて妻の追及を逃れようとしたらしい。しかし嫉妬深い不倫相手の男は斎藤さんが俺に乗り換えたのだと思い込んだ。

 斎藤さんは引っ越して行き、俺には治療費に迷惑料を足したお金が支払われた。

「あたしが、あの女は男にだらしないって言ったじゃない」と田中おばさんはお見舞いと俺の怪我の観察に来て、すべてを教えてくれた。最近の若い女はと愚痴り始めたおばさんの声を聞き流しながら俺は俺を助けてくれたボブカットの彼女、おばさんお気に入りの『良い子』の高橋さんのことを考えていた。


                    了

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