03 紅之蘭 著 新生活 『ガリア戦記 34』
【あらすじ】
概要/共和制ローマ。カエサルのガリア遠征六年目、反乱を起こしたトレヴェリ族を討伐、背後のゲルマニアを牽制し、ガリア平定。他方、中東では盟友クラッススが、パルチア帝国軍に敗れ敗死。三頭派の一角が崩れた。
挿図/Ⓒ奄美「パルチアンショット」
34 新生活(転勤)
シリア。
ローマ兵がエルサレムを襲って略奪に明け暮れていた。
幕僚たちは、兵士たちの蛮行を止めようともしないが、不快な面持ちだった。
「前執政官殿は、戦費の一部を自腹で支払った。元を取り返したいらしい」
「昔、このあたりは、ペルシャ帝国があり、マケドニアのアレクサンドロス帝国が取って代わった。アレキサンダ―大王亡き後、ヘレニズム三国に分れ、エジプトは健在だが、マケドニアはローマに滅ぼされ、シリアはローマとパルチアで分捕りあいをしている。……パルチアよりもローマに好感を持つ、大王がかの地に植民させたギリシャ系や、ペルシャ帝国の遺民を手懐ければいいものを、逆に、前執政官殿は、彼らを敵に回している。逆効果としか思えん」
「クラッスス前執政官殿は、焦っておられる。……共和制ローマ末期、カエサル、ポンペイウス、クラッススによる三頭派と、小カトー派ら元老院派が、水面下で派閥抗争を行っていたが、三頭派が優位だ。前執政官殿は、ローマ屈指の富豪と謳われているものの、カエサルやポンペイウスのような、これといった軍功がなく、肩身が狭い。そこで、中東方面に遠征し、パルチアと戦って、盟友二人との開きを一気に縮めようと図ったのだ」
当時のシリアは大穀倉地帯だった。
沃土の只中にある丘に築かれたローマの陣城。
そこへ、副将プブリウス・クラッススが戻ってきた。カエサルに「青年クラッスス」と呼ばれたその人は、前執政官マルクス・クラススの長男だ。カエサルに鍛えられ、有能な将官に育っていた。プブリウスの騎兵隊一千騎も、カエサルが厚意で貸し与えたものだった。
だが、プブリウスをもってしても、父親の暴走は止められない。彼は、政治や商売は上手かったが、軍事的なセンスに乏しい。息子や幕僚たちの言葉に耳を貸さない。
その上に、頑固者だった。
当時の世界の中心はチグリス川とユーフラテス川に挟まれたメソポタミア、現在のイラクだ。そこの覇権を得んとしていたのが、西のローマと東のパルチアである。
パルチアの若い摂政が皇帝に言った。
「必ずや敵将軍を生け捕り、陛下の御前に跪かせる所存」
皇帝は先帝の第二皇子で、摂政の力を借りて、第一皇子を討ち、帝位に就いている。
摂政スレナ麾下のパルチア軍は騎兵一万、歩兵三万四千。
対する前執政官クラッスス麾下のローマ軍は騎兵四千、歩兵三万六千。
パルチア摂政スレナス麾下のパルチア軍と、ローマ前執政官クラッスス麾下のローマ軍とがカルラエ(現トルコ・ハッラーン)で衝突した。
パルチアはイラン系の遊牧騎馬民族が支配層になっている。パルチア弓騎兵の戦闘方法が特徴的で、振り向きざまに矢を射かけることを〝パルチアン・スタイル〟という。
パルチア弓騎兵の欠点は、矢筒の矢が尽きると、後方に下がって待機しているしかなくなる。
三〇歳の摂政スレナスは、矢袋を満載したラクダ補給隊を陣後方に控えさせ、後方に戻ってきた弓騎兵を再度前線に走らせて、矢を射かけさせた。そうすることで、遊兵に発生を抑えたのである。
古代の戦闘は騎兵の多さで、勝敗が決する。ゆえに、パルチア軍が圧勝したことは言うまでもない。
前途有望だった〝青年クラッスス〟も、この戦いで無駄死にした。
敗走するローマのマルクス・クラッススは、敗残兵のうち集めて、堅牢な丘に立て籠った。
対してパルチアの摂政は無理攻めをせず、クラッススとの講和会談を申し込む。クラッススは敵の罠と知りつつ、麾下の兵士たちに突き出される形で、会談に赴く。だが、パルチア兵に囲まれたことで、敵の本性を悟ったローマの幕僚たちが、クラッススを殺して生け捕りにされるのを避けつつ、白刃を犯して散っていった。
「カルラエ会戦」で、パルチアの追撃を振り切って、なんとかローマ領に帰還したクラッスス麾下の兵士たちは、四万人のうち一万人だったという。
ライン河南岸・ガリア、ローマ軍陣城。
カエサルの幕僚で、父親と同名のマルクス・クラッススは、幕舎で、父と兄が討ち死にする夢を見て、勢い、半身を起こした。……彼が、正式に二人の死を知るのはしばらく経ってからのことだ。
起き上がった会計監査係の将校が、甲冑を身にまとって、外へ出て櫓に昇ってみる。先客がいた。幕僚の一人・弟キケロだ。
甲冑を脱いだ兵士たちが、木材を担いで先端に届け、橋桁を伸ばしていくのが見えた。
「連中は、昨年も、この大河に橋を架けていて手慣れている。昨年よりもペースが速い」
長い橋が完成すると、カエサル麾下のローマ軍が、一挙にゲルマン領に進軍したが戦闘には至らなかった。というのも、当時、農耕よりも牧畜に重きを置いていた、ゲルマン人は、拠点を捨てて、家畜ごと森の奥へ避難したからである。
ライン河北岸のゲルマン族を威圧したカエサルは、直ちに、南岸に割拠するガリア諸族族長を集めて会盟した。ゲルマンと結託した部族族長の多くは、カエサルに詫びを入れたが、反抗して会盟に来なかった族長は、討伐を受け、処刑された。
こうして、紀元前五三年の元老院提出報告書『ガリア戦記』第六巻の筆が置かれる。
第一回三頭政治はクラッススの戦死で終焉を迎える。両雄並び立たずと言うではないかとばかりに、元老院派は、残る二頭のうちのポンペイウス執政官に接近。老雄を盛んに煽って、カエサルと対峙させるように仕向ける工作をした。
混迷を深めるローマ共和国にとって、不幸中の幸いだったのが、パルチア帝国摂政スレナスの突然の死だった。死因は、摂政の実力を恐れた同国皇帝が、刺客を放ったことによる。
続く
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。各軍団長には、副将ラビエヌスや、ファビウスといった名将かいる。
ブルータス……カエサルの腹心
デキムス……カエサル配下の若く有能な将官。
オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。
キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサル麾下の有能な軍団長となる。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。長男が親元に戻ると次男がカエサル配下の将軍となる。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。カエサルの娘・ユリアを後妻に迎える。
ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。




