01 奄美剣星 著 新生活 『ヒスカラ王国の晩鐘 25』
25 新生活
王都東駅。
地方の女学校に通っていた私は、卒業旅行で王都を訪れていた。
私の両親は、いわゆる「毒親」だった。当時、そのことから、少し病んだ私は、ふらっと、四両編成の列車が対面式のホームに入線してきた際、線路にダイブを試みた。
このとき、後ろにいた人が、私の腕をつかんだ。
「お嬢ちゃん。どうせ死ぬなら、俺んところで、歌を聴いてからにしないかい?」
その人は、歓楽街「酒池肉林通り」に、小劇場を備えた酒場・キャバレー「ルージュ」のオーナーだった。
たまたま、著名な女性歌手のステージが実現したとのことで、私は運よく、彼女の歌を聴くことができた。感動した。涙が出てきた。
「そうか、お嬢ちゃんはエディットっていうんだな。良かったら、うちの店で働かないか?」
私はオーナーの申し出を受け入れ、女学校卒業後、上京して店の従業員になった。
数年が経ち、私は「ルージュ」で、店を手伝いながら、オーナーの厚意で、ステージに立たせてもらった。歌手とはいっても、まだアマチュアだ。
春というには名ばかりの寒い日。オーナーが私に、一人の男性を紹介した。
「エディット、紹介する。新しいバーテンダーだ」
「ボルハイムといいます」
――救国の英雄ボルハイム卿と同じ名前――
半世紀ほど昔、ノスト大陸人口の大多数を占める亜人たちによる連合種族帝国軍が、今や唯一となった人類最後の国家・ヒスカラ王国になだれこみ、王都近郊で決戦を行った。王国軍及び各国亡命政府軍の精鋭部隊を率いたボルハイム卿は、重厚な敵の半包囲陣形を強行突破して、本陣を衝き、皇帝と相討ちに持ち込んだ。――主を失った帝国軍は、撤退し、王国と講和条約が結ばれることになる。――以降、曲がりなりにも、大陸では平和が続いている。
「なっ、エディット、こいつ、ボルハイム卿の転生者だってよ。ウケるだろ? ボルハイム卿の令夫人がエディットだったな。偶然だろうが、これも何かの縁というもんだ」
新しい従業員は、背が高くイケメン。だが、あまり若くもなく、どちらかといえば、中年の域に入る感じ。オーナーの話しによれば、
「店の近くの路地で、酔い潰れていたんで、声をかけてみた。話してみたら頭が回る。バーテンの手ほどきをしたら、すぐに憶えちまったし、気に入ったんで雇用することにした」
世の中には、捨て犬や捨て猫を拾ってきて飼う人がいる。オーナーもそういうタイプの人で、私やこの人を拾ったのだ。
新人バーテンダーのボルハイムとは気が合った。ボルハイムはバーテンダーをやりながら、マネージャーを兼務したいと申し出てくれた。
私が、店のステージに立っても、客は耳を傾けなかったが、ボルハイムだけは、いつも褒めてくれた。そして、
「いつか、貴女を国民的な歌姫にしてさしあげます」と、言ってくれたものだ。
転機が訪れたのは、とある人気女性歌手の事務所が、私を前座に指名したとき。――オーナーが言った。
「エディット、やめとけ。あそこの事務所のやり方はアコギだって聞いているぜ。前座はいい具合に使われて、何人も潰されたのを俺は知っている」
そこでボルハイムが口を挟んだ。
「チャンスにリスクは付き物。オーナー、ここは私にお任せ下さい」
「ほお、ボルハイム。何か策があるようだな」
彼はにこりとうなずいた。
王都東駅前。もともと離宮だったのが陸軍大隊駐屯地宿舎となり、さらに民間に払い下げられて、「東駅劇場」になった。四角い広場をステージにして屋根をかけ、回廊状に囲んだ三階建ての城館を改装して桟敷にしている。――ステージはそこだ。
「音響装置、照明、諸々を制限して、俺達には使わせねえ気だ。前座と主役との違いを歴然とさせる演出。――こりゃひでえ当て馬だ。――ボルハイム、やっぱ、俺が言った通りだろ。どうする?」
「まあ、見ていて下さい」
桟敷には二千人の観客が並んでいた。人々の関心は、やはり本命の歌姫にあって、私には興味がなく、無関係なおしゃべりが聞えてくる。
――どうする私。やるっきゃない!
このとき、私の頭上に花火が上がった。それからおびただしい数をした、瑠璃色の揚羽蝶が舞い上がる。
本命の歌姫よりも、音響は一段小さく抑えられているはずだった。けれども、マックスな状態で、声が会場に響いていた。そっぽを向いていた桟敷の聴衆は、一斉に私の歌に耳を傾け、最後には立ち上がって喝采。盛り上がりは、本命の歌姫をも凌駕する勢いがあった。
ボルハイムは道士の一面があり、魔法が扱えた。
桟敷の一角に陣取っていた相手方事務所の重役たちが、苦虫を嚙み潰したような顔をしているのが見えた。
それから、私は、マネージャーのボルハイムが企画した数々のステージに立ち、レコーディングを行い、スターへ昇りつめて行った。そしてついに、王立劇場にて、オフィーリア女王陛下臨席という栄誉あるステージに立った。スポットライトが眩しい。聴衆が熱狂している。ステージの後、陛下が私をお召しになり、お褒めのお言葉を賜る。
*
王都東駅。
列車が入線してくるとき私は、腕をつかんだ紳士の手を払いのけ、ホームから駆けだし、ダイブした。
道観の道士たちは、人は死ぬと、星幽界というところに帰るのだが、自死などの不自然な終わりを迎えた者の魂魄は、現世に束縛されてしまうのだと説明していたのを思い出す。
ホームの一隅にときたま花が添えられている。
私のために花を添えてくれるのは、田舎の両親ではなく、「ルージュ」という店のオーナーだ。
「昔馴染みの誼だ。なあ頼むよ、パスカル大尉、彼女の魂を導いてやってくれ」
「オーナーも物好きな人だね」
「目の前であの事故だ。寝覚めが悪い」
数日後、初老で背の高いパスカル大尉が、上官だという王族出自の女性将校・カミラ大佐を連れてやってきた。巷では姫大佐と呼ばれている。見た目は一五、六の少女だが、実年齢は六〇を超えているらしい。生前のボルハイム卿夫妻とも親交があったという話しを聞いたことがある。
「パスカル大尉、確かに貴男の言う通り、このお嬢さん・エディットは、前世におけるボルハイム卿令夫人だった方だ。ボルハイム卿は救国の英雄。彼の方の縁者の魂魄が、このようなところで、呪縛されている現状は、王室の末席を汚す者として、捨て置けません。――可哀そうに、現世で果たせなかったこと、それを前世の夫と成し遂げる夢を、繰り返しずっと見ていたのね」
姫大佐と副官の大尉が、ホームに祭壇を設けて香を焚き、清めの術式を唱えた。
やがて、光明がさしてくる。
その場にいた三人に見えているかどうかは判らないが、私は深々と頭を下げ、光明に向かって舞い上がる。
ノート20220421




