03 紅之蘭 著 分岐点 『ガリア戦記 33』
【あらすじ】
共和制ローマ末期、南仏・北伊・アドリア海北端の三属州総督カエサルは、本国で三頭政治の一席に着き、辺境ではガリア、ゲルマニア、ブリタニアに侵攻。破竹の勢いの彼だが、五年目の冬営でベルギー人の反乱が起こり大損害を被る。六年目、反乱を起こした主敵トレヴェリ族討伐戦。
挿図/Ⓒ奄美剣星「ガリア軍渡河」
第33話 分岐点
ガリア戦役六年目・紀元前五三年、春。イタリア・ルッカに出向いていたカエサルが、増援を得て、ガリアの主戦場に帰ってきた。
ローマの主力軍は、現在の仏・パリ市域に相当する、セーヌ川沿岸・パリシイ族の領地に進軍。例の如く、砦のパーツとなる杭を担いだローマ兵は、瞬く間に陣城を築いてしまった。
(なんて速さだ。やはり、ローマ軍にはあがなえぬ)
陣城の幕舎にいた、カエサルが、開け放たれた城門の前で立ち止まる。
ほどなく――、
セノネス族、カルヌテス族二名の族長が、自ら全裸となり「降伏の礼」をとって進みでた。
カエサルが言う。
「人質百名を差し出すことで恭順を許そう」
「総督閣下の寛大なお慈悲に、感謝いたしまする」
二人の族長が額を地面にこすりつけ、泣いて、感謝の言葉を述べた。
カエサルの背後に控える老軍団長ファビウスと、若い見習軍団長である会計検査官クラッススの二男が顔を見合わせた。
「ファビウス殿、連中、カエサル軍団の精強さと速力というものを知らぬではないでしょうに」
「クラッスス君、よく憶えておくことだ。情報が足りず、神経衰弱ゲームのような戦場では、何が起こるか分からない。情報が足らぬとき、人というものは、ついつい自分に都合よく判断してしまう。ましてや、冬営での戦闘で、五万中一万のローマ兵損失の報は、奴らを謀反に走らせた」
「主敵トレヴェリ族は、確かに脅威ですが、ローマに敵するほどの勢力ではないでしょうに」
「トレヴェリ族は、ライン河向こう岸にいるゲルマン族と誼を通じているのは明白だ。君ならどうするね?」
「されば私は、ゲルマンとトレヴェリ族とが合流する前に、各個に撃破することを具申いたします」
「――そういうこった」
南仏ほか三つの属州の総督カエサルは、冬場に一万もの麾下の軍勢を失ったが、新規募兵を行い、なんだかんだと十個軍団に回復。一個軍団の定員は六千。全軍は号して六万の兵となる。
とはいうものの、うち、一個軍団は、ルッカ会談において、ポンペイウス将軍から借りたものだ。ただ、各軍団は、各自に精強さを誇っていたので、新規兵の参加を好まなかったようで、実質的には八個軍団相当の五万で、これに、ガリア傭兵騎兵四千を加えたほどだとも言われている。
カエサルは、毎年恒例のガリア地域の部族長を集めての会盟を行う。この会盟に出席しない部族は、ローマに対し宣戦布告したものとみなされることになる。同年の欠席者は、中部ガリアのソノネス族とカルヌテス族。北方ライン河沿いに住むトレヴェリ族の族長たちだ。カエサルの軍勢は、会盟直後、速やかに主力軍をガリア中部パリシイ族の領地で、謀反を起こしたセノネス族とカルヌテス族の恭順を許した。
「各個撃破策」を執ったカエサル軍の作戦プランは、まずゲルマン族がやってくる前に、トレヴェリ族を撃破することだ。
「幕閣の諸君、クラッスス君のプランを採用したい。――南にいる副将ラビエヌスの別動隊三個軍団が、主敵トレヴェリ族を釘付けにしている間に、躬カエサルの本隊七個軍団が、北海沿岸からベルギー方面を抜け、ライン河南岸を所領とするトレヴェリ族の背後に回り込む。そこで、ラビエヌス軍と連携し、挟み撃ちにするのだ」
作戦通り、カエサル軍本隊は、迂回路を通り、ベルギーからライン川南岸に向かった。
「クラッスス君、浮かない顔だな」
「ファビウス殿、毎度のことですが、焦土作戦というのは、気分のいいものではありません」
「お若い。そのうち、嫌でも馴れるがね」
老将が片目をつぶって見せる。
カエサル軍本隊は輜重部隊を後続させず、強行軍で、敵勢力圏に突っ込んだ。そのため、トレヴェリ族傘下のメナビ族領を通過した際、家畜を略奪しつつ、村を焼き払い降伏に至らしめる。
他方、副将ラビエヌスの軍勢一個軍団、号して六千の軍勢は、トレヴェリ族との小競り合いを行っていた。しかし実際のところは、冬営時の敵襲で、五千以下だった。
幕舎に伝令が駆け込み報告する。
「将軍、あと一日余りで、増援二個軍団一万二千と輜重隊がこちらに到着いたします」
「そうか。――妙案がある」
トレヴェリ族軍は、ローマ軍の増援を知ると、いったん戦線を後退させ、態勢を立て直すことにした。
するとローマ軍の副将ラビエヌスは、追撃の態勢で、兵を突出させた。敵に追いついたところは、ちょうど川の浅瀬になっていた。
トレヴェリ族は追っての数が少ないことに狂喜した。
(なんだ、追撃のローマ兵は、目減りした一個軍団五千程度ではないか!)
トレヴェリ族の反転攻勢を受けて、ローマ軍は、退却を始める。
森の丘になったところに、ローマ軍増援部隊二個軍団と輜重隊が、陣城を構えていた。
トレヴェリ族が、丘の麓まで退いたラビエヌス軍の尻尾に食らいつこうとしたとき、丘の頂にいた二個軍団が一斉に駆けおりてくるや、ラビエヌス軍が、反転して一緒になり、再び襲い掛かってきたではないか。
トレヴェリ族軍は、総崩れとなり、蹂躙された。
続く
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。各軍団長には、副将ラビエヌスや、ファビウスといった名将かいる。
ブルータス……カエサルの腹心
デキムス……カエサル配下の若く有能な将官。
オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。
キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサル麾下の有能な軍団長となる。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。長男が親元に戻ると次男がカエサル配下の将軍となる。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。カエサルの娘・ユリアを後妻に迎える。
ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。




