268.魔道具作りの見学
パンを食べたことでムブラは少し機嫌が良くなったようで、リエティールの肩の上で髪の毛にじゃれ付いていた。
休憩を終えて席を立ち、クラエスはこの後何を見学したいかをリエティールに尋ねた。
「えっと……、魔操種の素材がどんな風に魔道具になるのか知りたいです」
セイネが風圧の衣を作る際に、レフテフ・ティバールの皮やオルクレディプの糸を使っているのは見たが、あの場合見た目はあまり変わらない。ここでならば、更に複雑に加工されたほかの素材の様子を見ることができるのでは無いかと考えたのである。
リエティールの言葉にクラエスは一つ頷くと、
「なら、製作の過程を直接見たほうが良いですね。 最初に行った部屋へ行きましょう」
と言い、二人は最初に入った開発室へと戻った。
部屋に入ったクラエスは内部をざっと見渡すと、一人の研究員に目をつけてそちらに向かう。どうやらちょうど一区切りがついたところのようで、道具から手を離して一息ついているところであった。
「失礼。 この子に魔道具を作るところを見せてあげてもらってもいいですか?」
クラエスにそう声をかけられた研究員は顔を上げると、続けてリエティールの方を向いた。目があったリエティールは慌てて小さくお辞儀をする。
研究員は小さく口元を緩ませると、「構いません」と答えた。そして彼が準備をしている間に、クラエスは完成品の方へ目を向けてリエティールに説明した。
「これは『洗浄のプレート』です。 背面についたバンドの隙間に指を通し、洗浄したい部分にかざして使う物です。 主に傷口の汚れなどを落とすために使われるので、屋外での活動が多い職業の方、エルトネの方や兵士の方に需要のある魔道具となっています」
それは掌ほどの大きさをした楕円形のプレートで、やや厚みがあり、クラエスが言った通り背面に指が丁度通せそうな大きさのバンドがつけられている。
「この魔道具では適切な量の水を発動させること、その形状を維持することが求められます」
リエティールがクラエスの説明を聞いている間に、研究員は道具の準備を終えて製作に取り掛かり始めた。
最初に取り出されたのは、深い青色をした大きな鱗であった。
「これが、今回の魔道具の中で重要な役割を果たす素材で、魚型の魔操種であるノンラスの鱗です。
ノンラスは鱗の表面に水を纏わせる能力を持っていて、この魔道具ではその性質を利用しています」
研究員はその鱗を、型に沿って削っていく。元々形が円形に近いため、中身を入れる部分を作ることが主で、加工自体にそう時間は掛からなかった。
「これで加工はお終いですか?」
「はい。 ……この過程を見るとすぐに終わっているので簡単そうに見えますが、素材が元々持っている構造を壊さずに加工する、というのは難しいものなんです。 少しでも重要な部分を削ってしまえば素材が持つ術式が壊れて使い物にならなくなってしまいます」
それを聞いて、リエティールは感心し、それを感じさせないほど手際よく作業を進めた研究員に尊敬の眼差しを送った。すると、研究員はその視線を強く感じたのか、どこか恥ずかしそうに口をきつく結んだ。
次に取り出されたのは、白っぽい半透明の物体であった。
それが何か分からないリエティールがクラエスの方に顔を向けると、彼はもとより説明する気があったのか、すぐにこう言った。
「これは『トンフォリュージ』、魔力を移すことができる素材の中で最も広く使われている物です」
「これが……?」
再び研究員の手にある物を見て、リエティールはそう呟く。くぐもった石のようなそれは、そうだと知らなければ価値の低い宝石等としか思えないような見た目であった。
研究員はそれをプレートより一回り小さい形に削る。そしてもう片方の手で命玉を持った。魔道具の用途から考えて水属性だと推測されるそれをトンフォリュージのプレートに近づけると、不思議なことにトンフォリュージは淡く白い光を発し、それから徐々に青く色づいていくと、最終的に命玉はくすんで輝きを失い、対照的にトンフォリュージは綺麗な青色に染まっていた。
それを見たリエティールは、それがまるでロエトが風の命玉を吸収したときのようだと感じた。
「ピャア」
リエティールの髪の毛で遊んでいたムブラも、すぐ近くで魔力が動いたのを感じたのかひょっこりと顔を覗かせる。だが、すぐに興味を失ったのか、顔を逸らすと再び髪の毛にじゃれ付き始めた。
「トンフォリュージは宝石の一種で、まとまった量が発掘されていたため発見された当時から暫くの間はほとんど価値のない安物として扱われていました。 ですが、後に偶然命玉の魔力を吸収した状態のトンフォリュージが発見され、その性質が露わになると、錬成術師にとって非常に重要な素材として取引されるようになりました。
透明度が高いものは装飾品型の魔道具に使われ、濁っていたりまばらなものはこの魔道具のような見た目に左右されないものに使われます」
リエティールはその説明を聞きながら、目の前の不思議な物体をじっと見つめた。
研究員は更に別の素材も取り出す。今度は黄みがかった不透明の、歪な形をした白い物体であった。
「これはノンラスの骨です。 元々魔操種の魔力を利用して発動する能力を、この骨を使って術式を改変することで、トンフォリュージの魔力を使うようにするのです」
クラエスが説明している間にも、研究員は骨をプレートの形に削り、そこに細かな細工を施していく。
暫しの間それを見つめてから、リエティールは顔をクラエスの方へ向けた。
「ありがとうございます。 もう大丈夫です」
「よろしいのですか?」
突然の申し出に、クラエスは驚いた様子でそう尋ねる。それに対してリエティールは頷くと、
「はい、その……夢中になって見つめてたら、研究員さんが気になっちゃうんじゃないかと思って。 邪魔はしたく無くて……」
と、少し恥ずかしそうに言った。
それを聞いたクラエスは少しの間驚いた顔のままであったが、やがて困ったように微笑むと、
「お気遣いありがとうございます。 では、そろそろ離れましょうか。 あなたも、ありがとうございました」
と言い、研究員に向かって小さく会釈をした。研究員も顔を少しだけ向けて頭を下げる。その顔はやや緩んでおり、やはり背後で解説されつつじっと見つめられることに慣れていなかったのだろう事が伺える。
リエティールもお礼を言い、その場を後にした。
普段使用しているPCの不調により執筆に遅れが出てしまったため、次回の更新を予定より4日ほど遅らせていただきます。
楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、どうかご了承ください。
 




