267.魔道具と魔術師
その後も、クラエスは様々な試作品を取り出して見せてはどんなものか、どんな風に作られているのか、などを延々と説明した。魔道具にさして興味の無い一般人であれば途中で眠気に襲われそうな話ではあったが、リエティールはどの話も夢中になって聞き入った。
「……ということで、魔道具の一番の利点は命玉の魔力を余すことなく使えるという点です」
一通り満足がいくまで魔道具の紹介を終えたクラエスは、最後にそう言って話を締めくくった。
魔術師が魔法を使うには、命玉を魔法薬に加工して摂取する必要がある。その加工の過程で命玉は粉々に砕かれる。その際、魔操種の記憶等と同時に魔力も多くが失われてしまう。
その点、魔道具は生物では無いため命玉の情報を消す必要は無い。つまり魔力のほぼ全てを無駄なく利用することができるのである。同じ命玉一つでも魔術師が使用できる魔力と魔道具で使用できる魔力とでは、その量に何倍、何十倍といった差ができる。
同じ魔法を使うのであれば、魔道具を使用した方が圧倒的に効率がいいのである。
そんな話を聞いて、リエティールはふと疑問に思い口にした。
「じゃあ、魔術師はその内いなくなっちゃうんじゃないですか……?」
圧倒的に効率のいい魔道具が一般に普及すれば、魔術師になるよりもそれを用いた方が断然良いと判断するのが自然だろう。そうなれば、必然的に魔術師の人数は減り、その内いなくなってしまうことも想像に難くない。
だが、リエティールのそんな問いにクラエスは首を横に振ってこう答えた。
「そう単純なことではありませんよ。 魔道具には魔術師に劣る重大な欠点が一つあります。
それは、決められた魔法しか使用することができない、という点です」
例えば、と言い、彼は最後に紹介していた水の矢を飛ばすガントレットを再び手にとって説明をする。
「この魔道具は一直線に素早い水の矢を放ちますが、形状を変えたり、数を変えたり、途中で方向を変えたりする事はできません。 一方で、魔術師ならばそれを状況に応じて自在に変更することができます。
開発が進めば調節が可能になるかもしれませんが発動速度は劣るでしょうし、同じ魔力を使って水の膜を作ったり、という応用を利かせる事は不可能です」
それを聞いて、リエティールは確かにと納得する。リエティールも氷の鏃を作って飛ばしたり、防御壁を作ったり、足場にしたりと色々なことをしてきたが、それも魔力を体内に宿し自在に変化させることができるためである。
もし魔道具で同じようなことをしようとするならば、幾つもの種類を持ち歩き、それを使い分けなければならない。手間が掛からず直感で変えられるというのも、魔術師の利点であろう。
何より、無属性の魔法が使用できる。無属性魔法は魔力の消費が大きい故に人間の間では忘れ去られた魔法であるので魔術師の利点とは言えないが、リエティールにとってはこれも大きな利点の一つであった。
「それに、魔法を使うということ自体に憧れを持つ人間もいますから」
そんなクラエスの呟きを聞いたリエティールの脳裏には、エリセの顔が浮かんだ。彼女も調教師か魔術師かの選択で、ロマンがあるからと魔術師を選んだと話していた。魔法に憧れる者がいる限り、魔道具が普及しても魔術師がいなくなることは無いだろう。
「ああ、でも毒に関しては魔道具が優位になるかもしれません。 毒の魔法は基本的に相手をじわじわと消耗させたり、逆に解毒に使われたりしますが、如何せん派手さにかけますので……」
思い出したかのように一つ指を立ててから、彼はそんな風に冗談めかして付け加えた。
そうして場の空気が和んだところで、彼は続けてこう提案した。
「さて、随分長く話してしまいましたね。 立ちっぱなしで疲れたでしょう。 少し座って休憩しましょうか」
気がつけば、この部屋に入ってから小一時間が経過していた。
クラエスにそう言われるまでそのことに全く気がつか無かったリエティールは、正直なところそれ程疲れていなかったが、折角の提案を断るのも良くないだろうと考えて素直に頷いた。
何より、肩の上で存在を忘れられて退屈していたムブラはすっかり熟睡してしまっている。この辺りで少し相手をしてあげなければ、不機嫌な状態で返すことになってしまうだろう。そう考えると、あの男性研究員の困り果てた顔が思い浮かぶ。
頷き、クラエスの後に続いて部屋を出て、研究員たちの邪魔をしないように研究室も出る。そして外に設置されているベンチに腰掛けた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
クラエスは一度研究員用の休憩室に入ると、そこからパンと飲み物を持って来てリエティールに差し出した。
「……ピャ」
すると、ずっと眠っていたムブラが小さく鳴いて目を覚ました。寝ぼけ眼のまま、鼻先で探るようにリエティールの手の方を向く。どうやら食べ物の匂いにつられている様子であった。
「この子にパンを分けてあげても大丈夫ですか?」
スンスンと鼻先を鳴らすムブラを見て、リエティールはそうクラエスに尋ねた。彼は少し首をかしげながらも、
「その竜種は生物研究部の管理だから、私には詳しい事は分かりませんが……竜種は基本的に雑食で、人間と同じ食事をしても問題ないと聞いているので、少しであれば大丈夫だと思いますよ」
と答えた。
それを聞いたリエティールはパンの端を千切ってムブラの前に差し出す。少し匂いを嗅いでから、ムブラはそれを一口でパクリと食べた。そして咀嚼して飲み込むと、もっと欲しいと言うように「ピャア!」とリエティールの顔を見て鳴いた。
再度パンを千切って与え、リエティールが、
「構ってあげなくてごめんね」
と声を掛けると、ムブラは「ピャウ」と鳴き、もっとくれるなら許してあげるとばかりに、小さな前脚でリエティールの肩を叩いて催促した。




