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とある異世界旅行記  作者: 字
6/9

彼の復活

 再び目覚めると、辺りはもう明るかった。

 体中がまだ痛んだが、気分的には昨夜よりずっとすっきりしている。むしろ昨夜の、弱気な自分が恥ずかしくて忘れたい。

 いい加減痛くても起きて、最低限の手当てをしようかと身を起こしかけると、グイッと口の所に冷たい物が押し当てられた。

「ん?」

 見ると近過ぎて視点が合わないが、どうも昨夜来てくれたあの獣が藤麻の口に何かを押し当てているようだ。

 軽く噛むと、青臭さと苦みを感じる。

「葉っぱ?」

 言うと獣は藤麻の口にその葉を押し付けたまま離れ、自分も葉っぱを咥えるとそれを食べてみせた。どうやら、藤麻に食べろと言っているらしい。

 素直にその葉を口に含むと、先ほど感じた青臭さと苦みが口いっぱいに広がり、正直不味い。だが、食べれなくはなかった。

 もそもそとそれを嚥下すると、ふっと体が軽くなる。一気に痛みが引いたのだ。

「……えぇ!?」

 思わず飛び起きる。多少体はぎくしゃくするが、痛みはない。しびれや手先のにぶさなどは無いので、麻酔をされた時の感覚とも違う。

 これはあぶない薬物…それこそ日本では違法と言われる系の物なのではと心配になった。

 それでも動けるようにはなったのだ。薬が切れる前にやるべき事を進めた方が良いだろう。

「ありがとう、楽になったよ」

 視線を獣に向けて礼を言うと、獣は短く鳴いてぐいと前足で藤麻と獣の間に置かれた大きな葉を示した。葉の上には様々な木の実や果実が置いてある。

「………これ、」

「………」

「ええと、食べて良いのかな?」

 獣が首を傾げる。藤麻は食べる仕草をして「良いの?」と言うと、嬉しげに獣は鳴いて頷いた。

 痛みが引いて気分も落ち着くと、かなりの空腹を感じていたのだ。有難く見た事の無い小さな赤い実をとって、そのまま口に入れる。

「…甘い」

 以前食べた苺などに比べれば、やはり野生種の果実だ。甘みは少ないだろう。だが、疲れきった体にはそのわずかな甘みがひどく浸みた。

「美味しいよ、ありがとう」

 礼を言うと、獣はパタパタと尻尾を揺らし、もっと食べろと言うようにグイグイと葉を前足で押して来た。

 

 たっぷりあった果物を遠慮なく食べきって、藤麻は一息つく。食事はやはり大事だ。お腹が一杯になると、気持ちも上がって来た。

「よし」

 かけ声を掛けて立ち上がり、辺りを見渡す。

 そして、それを見付けた。


 少し離れた所に、川に流された時に手放してしまった筈の藤麻の鞄とスポーツバッグが、並んで置かれていたのだ。

 思わず、藤麻は二度見した。

「鞄…」

 自分は、偶然運良くこの河原に流れ着いたのだと思っていた。だが、それではあの鞄の説明がつかない。

「誰かに、助けられた?」

 だとするともしかして。

 視線を獣にやると、相変わらず嬉しそうに尻尾を揺らしている。

 確かに中型犬くらいの大きさはあるし力強そうだが…筋肉のそれなりについた男子高校生を川から引き上げて運ぶだけの、力があるとは思えない。

 ならばここに昨晩、他に誰か居たのだろうか。

 獣が不思議そうな声をあげる。この獣の鳴き声は多彩だ。

「ああ、うん。何でも無い」

 考えていても、その相手がここに居ない以上仕方がない。

 藤麻は頭を振って考えを切り上げると、上のジャージを脱いだ。下に着ていたTシャツも脱ぎ、見ればやはりどちらも血まみれだ。打ち身だけではなく石や岩に擦って怪我をしたのだろう。

 両腕も血塗れで、そう言えば先程の葉を食べるまではズキズキ痛んでいたと思い出す。

 スポーツバックからタオルを取りだし(当然全てがびしょ濡れだった)、川で洗って絞ると腕をそっと拭き始める。傷を悪化させない為に優しく拭いたのだが、血を落としきった腕を見て、藤麻は呆然とした。

 傷が、無かった。

 いや正しくは、傷痕はあるので傷が塞がっていた、が正解だろう。

「何で…」

 呟いても、心当たりはただ1つ。

 獣が持ってきてくれたあの葉っぱだ。

「いや、でも、これは効きすぎだよね」

 体を一つ一つチェックして、見える範囲の血は落とし、全ての傷が塞がっていることを確かめた。

 ついでに替えのTシャツとスウェットに着替え、今まで着ていたものは川で洗ってしまう。スポーツバックに入っていた物は全て出し、一緒に洗って岩の上に広げて乾かした。

 鞄の中身も広げてから、ようやく一息付く。

 あの葉や化け物については、深く考えない事にした。

 ここは、自分の知っている日本ではない。

 ここでは、自分の常識は通用しない。

 それさえ理解すれば、今は十分だろう。

 川辺を見ると、獣が川の中の魚を見ている。

 あの獣は、今度は藤麻の側に居てくれるつもりらしい。この際、親の事は考えないようにする。

「ねぇ、君の事は何と呼んだら良いかな?」

 聞いても、名前があるとは限らない。名前があったとしても、言葉が通じないのだから意味はないだろう。

 獣は藤麻を振り返ると、一声鳴く。

 上手く表現できないが、その中に「ルケ」という響きが有った。

「ルケ…?」

 藤麻の呼び掛けに、獣が頷く。

 意志疎通が本当に出来ているのか解らないが、藤麻は獣をルケと呼ぶ事にした。

「よろしくね、ルケ。僕は藤麻…最上藤麻」

「…トゥマァ」

 ルケが、正解に藤麻の名を呼ぶ。


 意志疎通は藤麻の想像以上に出来ているようだった。


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