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とある異世界旅行記  作者: 字
5/9

彼は立ち上がれない

 着水する前に意識を失っていたらしい。

 目が覚めると夜が更けたのか、辺りは暗闇だった。

 背中がゴツゴツと痛い。砂利の上で寝ているのだろうか。冷たくはないので、水の中ではなさそうだ。

 身じろぎをすると、体中に痛みが走った。


 少しだけ、期待した。今までの事はすべて夢だったのではないかと。こんな命の危険があって、ショックで目が覚めたりはしないかと。


 だが、夢ではないと思い知る。


 動きを止め、痛みが治まるのを待つ。

 鈍い痛みはまだあるが、動いた事による激しい痛みは少し収まった。

 藤麻は再びまぶたを上げる。

 ただの暗闇ではない。月のない夜空には満点の星があった。

 だが、それを美しいと感じられるだけの、精神的余裕はない。


 森の中で目覚めてから、ずっと本当は不安だった。状況のわからない現状で、それでも冷静でなければ生き残れないと、そう思ったから必死に平静を保っていた。

 だけど、もう無理だ。


 いやだ、いやだ、いやだ、

 どうしてこんな事になった。

 怖い、痛い、苦しい、寂しい。


 どこかもわからない場所で、見た事もないバケモノが居て、冷静でなんて、居られる筈もない。

 頭の中をグルグルと思考が回る。


 もういやだ、もういやだ、こんな、


「助け…」

 全てを投げ出す、他力本願な言葉がもれる。だが、もうそれが藤麻の本心だ。自分一人の力ではもう、帰るのはもちろん生きて行く事も出来そうもない。

 泣いてしまいそうで、目をグッと閉じる。


 と、体の右側を、何かがずりっと擦り上がる気配がした。

「っ!?」

 ビクリと体が揺れ、再び鋭い痛みが体に走る。だがそれ以上に、そこに何が居るのかが恐ろしい。

 あれが、あの蜘蛛の妖怪が、追いついて来たのだろうか。それともまた別の、バケモノか?

 逃げようにも体は動かない。


 それに、

 逃がれたとして、どこへ?


 頭に浮かんだ疑問に、体から力が抜ける。

 逃げ場なんてない、この場所には、どこにも。

 藤麻の体から力が抜けた事に気付いたのか、傍らの気配は少しづつ顔の方に近付いて来る。やがて頬へ、冷たい物が押し付けられた。

 再び体が強ばりかけたが、この感触に覚えがあった。

 昔家に居た犬が、藤麻を起しに来たときに押し付けられた鼻面と、同じ濡れた感触。そして獣の臭い。

 野犬か狼か、犬型の化けものだろうか?蜘蛛に体内を溶かされ食べられるよりは、殺してから食べる犬系の方が有難い。

 そんな事を考えていると、今度はザラザラと生暖かい物が頬を撫でる。

 思わず視線をそちらに向けると、星明かりではよく見えないが、想像より小さな影がそこにはあった。

「ガゥ」

 小さな唸りの後、聞き覚えのある不思議な鳴き声。

「きみ、か…」

 昼間に会った、ライオンに似た獣の子供。

 藤麻の視線に気付いたように、獣は再び頬を舐めると藤麻の傍らに丸くなる。昼間のお返しのつもりなのだろうか。

「ありがとう…」

 藤麻は呟いた。声は酷く掠れていて、相手に届いたかはわからないけれど。

 傍らの存在が酷く温かい。

 藤麻は目を閉じる。


 先ほどは堪えた涙が、一筋まなじりを濡らして落ちた。


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