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とある異世界旅行記  作者: 字
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彼の転落

 獣は魚を食い尽くすと、満足したのか去っていった。

 焼いていた魚だけではなく、生け簀に入れていた物まで全てだ。途中から、魚を焼く時間も待てなくなったのか、生け簀の傍らに座って催促された。

 明らかに体の大きさにしては食べてた量が多すぎる気がするが、気にしたら負けだと、藤麻は気にしない事にした。

 不思議な鳴き声で、礼を言うように鳴いてから去っていく獣を見送って、藤麻は一息付く。それから視線を空へ向けた。


 結局、今の獣は何だったのだろうか。

 見た事も聞いた事もない姿だった。

 

 藤麻は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出すと焚き火から一枝取り出した。

 それから回りの土で埋めて焚き火を消し、荷物と火のついた薪を松明のように持って立ち上がる。

 あの獣が何であれ、このままこの場に居るのは危険だ。あれはまだ子供だったが、近くに成獣が居る可能性が高い。

 あの子ライオンに良く似た姿の獣の親の姿など、想像するのも恐ろしい。

 元々魚を食べたら辺りを探索、様子を見て川辺を下りながら、洞窟でも探そうと思っていたのだ。

 辺りを見て忘れ物がないのを確認するとか、藤麻は川に沿って下り始めた。



 しばし川辺を下っていくと、そそりたつ崖にぶち当たった。人には上れないような切り立った崖。川はその横を渦巻き流れていく。

 仕方なく藤麻は、ペットボトルに水を汲むと川辺から離れ森に入る。

 さっきの獣の事を考えるとあまり森に入りたくは無かったが、このままここに居るわけにもいかないだろう。


 出来るだけ川から離れないように、水音を聞きながら歩いていく。川は命綱だ。

 森の中の獣道を、足元に気を付けながら進んでいくと、やがて森の中で少し開けた所に出た。ぽっかりとなぜかそこだけ木が生えておらず、草花が群生している。

 きらきらと日差しを浴びて輝くその光景に、藤麻はふっと肩に入っていた力が抜けた。

「キレイ、だなぁ」

 小さく、掠れた声で呟く。

 綺麗ではあるけれど、草花の生えた地面は湿っていて、キャンプ地には適さない。

 少しだけ草花に心を癒された事だし、もう一踏ん張りと荷物を持ち直し、一歩踏み出した時。


 ゴツンと大きな音が後ろから聞こえた。


 びくりと振り向くと、少し向こうの木々の間に、大きな影が見える。

 大きな影は、降り下ろした太い足をゆったりと持ち上げた(先程の音は、恐らくのこの足の音だったのだろう)。

 濡れた音の後、何か硬いものが擦れるような音が続く。まるで硬い骨を、噛みきろうとしているような…。

 藤麻は息を飲み、物音を立てないようにそっと木の影に入ろうとした瞬間、その影は振り向いた。

 血まみれの口以上に、その異様な姿に体が凍り付く。

 パッと見は、蜘蛛だ。だが体は、大型犬よりも大きい。

 大きな肉食の蜘蛛と言うだけで恐ろしいのに、振り向いた顔は蜘蛛では無かった。

 藤麻の知っているどんな動物とも違う顔。強いて言うならば牛に近いだろうか。ニィと笑んだその口許には、大きな牙が見えていたけれど。

 子供の頃に見た妖怪辞典に、似たような姿の者が居た気がする。

 その蜘蛛…いや妖怪は、藤麻を見付けて嬉しそうに声を上げた。

 女の悲鳴のようなその鳴き声に、藤麻はハッと思考を取り戻す。だが判断力は欠けたまま、とっさに動き出した。…いやその時冷静だったとしても、他にできる行動は無かっただろう。

 すなわち、一目散に逃げる以外に。

 女の悲鳴のような鳴き声は、楽しそうに藤麻を追いかけて来る。なぶるように近く遠く、時々思い出したように足でチョッカイをかけてくるのだ。

 楽しまれているのは不本意だが、お陰で一気に殺されないですんでいる。

 どうしたら良い?どうすれば逃げられる?

 恐怖に駆られて後ろに視線を遣った時、不意に体が宙を舞った。

 驚きに声も出ず、ただ落ちて行くのをスローモーションのように感じる。

 耳が川音を拾って、なるほど崖を落ちたのかと理解した。

 妖怪は崖の上からこちらを見下ろしている。

 落ちた先の川がある程度深い事を祈りながら、藤麻は衝撃に備えて目を閉じた。

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