彼のスローライフ(仮)
ルケと川辺で暮らしはじめて、一週間が経った。
ルケと共に過ごすにあたって、藤麻が最初にした事は魚の生け簀造りだった。
ここは日本ではない。空に飛行機も見えない。人間どころか文明も無い可能性が高い。ならば有るかもわからない人里を探すより、ここで暮らして行く覚悟が一番必要な物だろう。
そんな中、ルケと出合えたのは大変心強い。なので彼が好きな魚を食べてもらうべく、一先ず再び多めの魚を蓄える為に生け簀をつくったのだ。
ちなみに便宜上彼と言ったが、ルケの性別はわかっていない。彼の下半身は毛が多く、普通に後ろから見ても何も見えない。流石にこの知的生命体を持ち上げて股間を覗き込み「オスだ!」とかしたくない。メスなら更にまずいだろう。
セクハラ、ダメ、絶対。
ちなみに藤麻が水浴びする時はルケも後ろを向く。その点の気の使い方も人間と同じようだ。
ルケは時々藤麻から離れてふらりとどこかに行き、木の実や果実や花を土産に持って帰って来る。だが、狩りをしてくる事は無い。肉を食べないのかとも思ったが、落ちていた鳥(っぽい生き物)の死骸は美味しそうにバリバリ食べていたので、肉も好きなのだろう。ライオンの生態に詳しくはないが、幼い子ライオンが狩りをするとも思えないので、狩りの仕方がわからないのかも知れない。
そう考えると、彼の食事として獣も穫った方がいいのだろうかと藤麻は考える。この川辺に暮らすようになって、時々小さな小動物は見かけていた。鋭い爪と太い前足を持つ耳の長い(うさぎというには憚られる)獣や、蛇のように胴が長く、毛も長いげっ歯類の顔をした獣?などなど。
大きさもそんなに大きくないし、罠を張れば捕まえられそうな気もする。
ただ、捕まえて殺せるのかと言うと話は別だ。
魚は馴れた。カッターは油で鈍らになったので、石を石で削ってナイフにした物を今は使用しているが、それで魚をさばくのは今は何も考えずに出来る。
だが哺乳類はどうだろうか。
そんな風に迷ってしまう自分のヘタレさに嫌気がさしながらも、藤麻は決断出来ずに居た。
夜、焚き火の側で藤麻が座り、タオルを肩にかけるとルケも側に寄り添って眠る。
朝になると火は消えて居るが、ルケが居れば心強かった。
その日も朝に共に目を覚まし、顔を洗い歯を磨く。火を付けて捌いた魚を焼いて二人で食べた。
本日ルケは出かけるらしい。
もにもにとルケが何か鳴いて、森の中に入って行く。相変わらず何を言っているのかは解らないが、藤麻は「いってらっしゃい」と声をかける。
藤麻は今日は、鍬を作る予定だ。と言ってもナイフと同じように、石を叩いて鍬風の物を作るだけだが。
ルケが取ってきてくれた果物の種を取っておいたから、埋めてみるつもりなのだ。
日本でも園芸や庭仕事など、草むしり以外やったことは無かったから、上手く育てられるかは解らない。だが、どうせ時間は腐るほどあるのだ。何事もチャレンジだろう。
一先ず服を着替え、昨日着ていたものを手で洗濯する。
ここに来てしまったのが合宿帰りで良かったと、つくづく藤麻は思う。お陰で何とか着替えを出来る。
「ま…この生活が長くなれば、服も駄目になっちゃうだろうけど」
現に今着ているのは、あの蜘蛛に襲われた時の服で、あちこち切れて落ちなかった汚れも多い。状況が状況だから使っているが、日本だったら直ぐに捨てているレベルだ。
物資は有限。大事に使いつつ、無くなった時に備えないといけない。
そう心で言い聞かせつつ大きな岩の上に洗濯物を干し、鍬作りに取りかかる。
まぁ鍬を使った事など無いし、見た記憶を頼りに薄目の石を叩き削って行くのだが。
一心に削って、何とか形に成って来た時には日が暮れて来ていた。ルケもまだ帰って来ないから、時間の経つのも気付かなかったようだ。
鍬擬きを石を退けた土に刺して見て、ようやく納得してうーんと伸びをする。
体がバキバキと音を立てた。
「あー、固まってる」
思わず漏れる独り言に、藤麻は苦笑する。言葉を発していないと言葉の出しかたも忘れそうで、出来るだけ独り言も言うようにしていたのだが、段々無意識に言葉が出てくるように成ってきた。
体を伸ばしてストレッチをしていると、後の森からガサリと音が聞こえた。ルケも帰って来たようだ。
「おかえり、ゴハンにしようか」
そう言って振り返ると、そこには見たことの無い一匹の獣が居た。
頭が、二つ。犬…いや、狸か狐に近い顔と、ヘビっぽい顔が一つの体に並んでいる。
体は虎とか肉食獣に近く見える。大きさは大型犬位か。
フーフーと息を吐き、四つの目でこちらを見る獣に、藤麻は身を強張らせた。
だが、すぐに気を持ち直す。
あの蜘蛛と会った、あの時とは違う。もうすぐルケが帰って来るだろう。この獣がいる状態では、彼にも危険が及びかねない。
獣から視線を反らさないまま、側に置いていたナイフを手にする。
グワっと威嚇するように吠え、此方に駆けて来る獣にナイフを投げた。
部活は弓道だが弓とナイフを投げるのは当たり前だか勝手が違う。
ナイフは獣に当たりはしたが刺さりはしなかった。一瞬獣の視線をこちらから外させる事しか出来ない。
それが藤麻の狙いだ。その瞬間を狙って先程作った鍬に手を伸ばす。
武器としては作っていないが、破壊力は小さなナイフよりは上だ。
だが、鍬を手にして構えるより先に、獣に突き飛ばされた。
「く、ァ」
石の上を擦って止まった所を上からのし掛かられる。押さえ込まれた顔のすぐ上、二つの口がヨダレを滴ながら開かれた。
痛みに顔を歪めながらも、鍬を掴んでいた右手を思いきり振り上げる。
「グ、ァァァ!」
「ガァァァ!」
ヘビ顔が悲鳴を上げ、狸の顔が怒りに吠える。
手に伝わる何かを刺した感覚を深く考えないようにして、鍬を獣から抜くと再び叩き込んだ。
悲鳴を上げるより先に、狸顔が藤麻の肩に噛みついて来た。
「ヒ、グ」
痛みに悶えながらも何とか鍬を抜き、もう一度攻撃を加えようとして血で手が滑った。
鍬は手から滑り落ちて大きな音を立てる。
痛みに霞む視線を向ければ、手の届きそうにない遠くへ、転がってしまっていた。
「く、そ」
こちらの武器が無くなったことを理解しているのだろう、獣がニマリと笑みを浮かべた、瞬間。
左手で握っていた鋭い石を、狸顔の目に叩き着けた。
悲鳴を上げて転がる獣に蹴りを入れて、その体の下から抜け出すと、鍬を手に取り獣に思いきり振りかぶる。
何度も何度も首に鍬を叩き混んで、二つの首を落とすと獣はようやく動かなくなった。
手に残る嫌な感触。
肩の痛み。
疲れきってその場に座り込む。
生き残った、ルケのことも危険に晒さないで済んだ。
食べるためではなく奪った命だが、正当防衛だと自分で言い訳をして、苦笑する。
こんな、命の危険のある場所だ。生きるために殺す。馴れて行かなくては、生き残れない。
ルケが帰って来たら、肉を捌く練習もしないと、ああそれから、武器として弓矢を作ろう。後はもう少し殺傷能力の高そうなナイフとか。
色々考えているうちに意識を失って、目が覚めたら直ぐにルケに傷の治る葉っぱを食べさせられた。
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