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5-3 Television Song-4

 マアリがいるであろう七ノ蘭駅あたりに向けて、走っている。

 交通機関は破壊行動によってどうせ麻痺しているんだろう。

 よしんばまだ使えてもマアリの気まぐれで破壊されるような状況では使いたくない。

 

 なので、アタシは走る。“蜜”の力で強化された脚力はここから七ノ蘭駅まで、地下鉄で30分はかかるところをもっと早く到着する出来るくらいになっているだろう。

 もっと具体的に「何分で到着!」と意識すれば、もっと早くなるのだろう。

 だけどアタシはそれををしない。

 

 待ちに待った戦い。

 早く始めたい。


 これで終わりかも知れない。

 ……もう少しだけ待って欲しい……


 その二つの矛盾した考えが、アタシを迷わせた。


 アタシの走りは今、確かに早い。が、精々制限速度ぶっちぎって走るバイクぐらいのものだろう。

 道行く人に、何だあの化け物!!みたいな目を向けられる。

 そういう視線を遮断することも“蜜”なら出来るけれど、構うものか。

 今から決戦だ。余計な力は使いたくない。



 走る。走る。走る。


 “ゲーム”の記憶、その非日常かつ日常だったここ数ヶ月の記憶を改めて思い出しながら走る。

 たった数ヶ月だったのだ。でも濃い、いや濃すぎる数ヶ月だった。

 そんな数ヶ月を過ごしたのに、アタシ自体は「変わり」はしたが、「前に進んでいる」気がしない、って感じるのは他人事のように面白い。


 結局最初から変わりはしないのだ。

 アタシは33歳無職独身無乳女で、それが原因かどうかはしったこっちゃないが、死にたくも無ければ生きたくも無いようなヤツだ。

 

 要するに、クズだ。

 

 それがたまたま、マアリ達がやってきて“ゲーム”を仕掛けてきて、その上リリィから“蜜”をもらった、なんてお膳立てをしてもらったお陰で、アタシは、“ゲーム”による戦いを経験することができて、「戦い」ってやつが、命を燃やして立ち向かうことが、楽しい、っていうか……「生きているだけ」では感じられない興奮があることを知って、それに依存するように、それ以前よりマシな……たかだか数ヶ月だけど……人生を送れたのだ。

 

 ここまで馬鹿馬鹿しいくらいのスケールの出来事が、リリィという繋がりからアタシに降りかかってきた、なんてまるで漫画の主人公のような、「選ばれた」とでも言いたくなるようなことが、偶然、起こってしまった。


 きっとこの役目はアタシじゃなくても良かったのだ。こんなデタラメな出来事に直面してもさっぱり変われないアタシなんかよりも、適役はきっといるのだ。

 そんなきっと存在する適役では無く、よりにもよってアタシだったのは、本当にただの偶然なんだ――


 偶然、アタシとリリィはつるむようになって。

 偶然、リリィは死んだ。

 偶然、リリィが選ばれて蜂人間になり。

 

 そして、アタシは“蜜”の力を手に入れて、今、地球人の代表として、最後なのかも知れない戦いに向かっている。地球人の命運が決まるかも知れない戦いに向かっている。

 

 そして偶然、そのアタシはそれらもろもろのことなんざハッキリ言ってどーでもいいとしか思えないヤツなのだ。

 

 思えば思うほど、奇跡のようではないだろうか。偶然が積み重なって、こんなことになってしまった。

 事実は小説より奇なり、というが、それよりもうこの世界の全てが小説のように決まり切っているからこうなった、と聞かされた方がよっぽど納得がいく――


 


 走り続けて、目的の七ノ蘭駅周辺の街にたどり着いた。

 

 ごぉん、と音が聞こえる。

 少し遠くに見える高層ビルがぐらり、と傾いて、そのままバラバラになりながら倒れた。

 そんな圧倒的な破壊を行っている者が、もうじきここに来てもおかしくは無い。


 今もまだこの周辺には人が沢山いる。

 元々人の多く集まる都会だ。まだ逃げきれていない人達が右往左往。「ここから逃げたい」……その思いは一緒の筈なのに、パニックになっているせいか、せわしなく動いている癖に集団全体に妙な緩慢さを感じる。お互いがお互いを阻む集団になってしまっている。

 

 ぶつかり合う。

 悲鳴が上がる。

 すっころんでいる人もいた。

 訳のわからない怒声のようなものも聞こえる。

 まるで不定形の怪物が暴れまわっているよう、と形容できそうな、混乱し切った群衆の中にアタシはいた。

 

 埒が明かない――

 ……まるごとふっ飛ばして先に進もうか、などと一瞬物騒なことを考えてしまった。

 どうも考えが大雑把になっていけない。

 少し考えて、ふっ飛ばすかわりに、リリィとの戦いの時にやったように、宙を歩くことにする。これでいいやもう。

 

 群衆を見下ろしながら、その上の空中を踏みしめて歩く。

 すると、パニックの中でも流石に、空中を歩いている意味不明なヤツがいる、ということには気づいたらしく、逃げようとするのも忘れて、アタシを指さして何かを喚くヤツが現れた。


 「なんだありゃあ!?」

 「空を……歩いてる?」

 「ば、バケモノか!?」

 「アイツは一体何者だ!?」

 「アイツらの仲間なのか?」

 「――もしかして噂の代表者って人なの……?」

 「そうか、俺達を助けに来てくれたのか、代表者の人!!」


 やいのやいのと勝手に言われる。

 それはその群衆達に伝搬していって、今やここの全ての人達が、逃げるのも忘れ、アタシを見上げていた。


 「ははは、言われたい放題だなぁ。まいっか」 


 ……そーいうことにいちいち構わなくなった、てのは、もしかしたらアタシがこの数ヶ月で「変わったこと」なのかも知れない。まぁ、それが大したことには思えないけれど。



 「うがぁぁぁぁぁッ!!静まれ、静まれ!愚民共!あの方こそ我ら『神訴救世界教』が提唱する『救世主』様に違いない!貴様等、今すぐ頭を垂れよ!」


 その中でもまた変なヤツがいたらしい。よくわからん新興宗教の人間か。


 ――このマアリ達が引き起こした一連の出来事により、世界は混乱に陥った。

 その影響として、マアリを神としたり、はたまた地球人の代表者を崇めたりする新興宗教ができているらしい、というのはなんとなく感じていたり聞いていたりしていた。

 その手の人間が紛れ込んでいたらしい。

 

 しかし、「救世主」か。

 確かに今からの戦いで勝てればそうなるのかも知れんが。

 別に、特別アンタ達を守ったりしないよ、アタシ。メンドイ。

 ……うむ、デタラメ展開の連続でアタシはこんな非道な女になってしまっていた。許せ。いや許してくれなくても構わない。どうでも良い。

 

 そうして無視していると、不意に気配を感じた。すぐ近くに、いる。



 「――『救世主』?何を馬鹿な事を。その女はそんな大層なヤツじゃない。……違うかよ、春野花子」



 ついに、見つけた。

 マアリがいつの間にか、アタシから10メートル程離れた位置に現れていた。

 アタシと同じように、宙に立っている。

 

 その姿を見た人々が、悲鳴を上げる。

 

 「アイツは、テレビに出てたヤツ!!」

 「アイツがみんな壊してみんな殺してるんだ!!」

 「ダメだ、もうおしまいだ!!」

 「『救世主』だかなんだか知らねぇが、アンタ、助けてくれ!!」

 

 その言葉に叱責が飛ぶ。さっきの宗教家だ。


 「馬鹿者がぁ!!『救世主』様になんたる口を聞いておるか!おぉ、『救世主』様、『救世主』様、あの悪魔から我らを救いたまえ、エンダラスト・ラビ・オンガルガッ!!!」

 

 ワケわかんねーよ。何その呪文。

 

 マアリが痺れを切らした。


 「――あぁ、あぁ、うるさいな……!!」


 それについてはアタシもそー思う……なんて軽口を叩く間も無く、リリィのその手が癇癪を起した子供のようにぶぅん、と振るわれる。



 たったそれだけだった。

 たったそれだけで、全てを破壊するような猛烈な突風が辺りを襲った。

 ファーストフードの店、銀行、CDレンタルショップ、不動産屋……その他諸々の建物が一斉に吹き飛び、バラバラになった。

 そこに居る人々も同じ運命を辿った。風に引き千切られた体から臓物が飛び散る。赤い血が、ただの地球人の証である赤い血が、そこら中に舞う。

 凄惨な光景、と表現すべきだろうが、むしろ呆気なかった。

 そして、この光景を呆気なく見せれる程の力。

 

 これが、“蜜”の力の大本。

 地球人に宣戦布告した集団の頂点にいるもの。

 それこそが、マアリ。

 まさに、地球人にとっての「悪魔」も同然のモノだった。


 「うわぁ……ひっでーなぁ」

 

 マアリの起こした突風に耐えられたのはアタシだけだった。

 この場所で、原型をとどめていられるのは“蜜”の力を持つものだけだ。

 マアリの突風が過ぎ去り、辺りは一瞬にして瓦礫と肉塊が散らばる、まさに地獄のような場所に様変わりしていた。  


 「さっきも聞いたけどさぁ、マアリ。アンタなんでそんなキレてんの?こっちとしたら突然すぎて上手くリアクション取れないんだけどさぁ」


 その地獄でもアタシのテンションは、自分でも恐ろしい程変わらない。達観にも程がある。

 アタシは、戦えればそれでいい……本格的に、そんなことを考えているクズになっていたらしい。

 これもぜーんぶ、今までのデタラメ展開の数々のせいだ。アタシ悪くないもん。慣れって怖え。


 「……質問がある」


 アタシの質問を無視して、怒りを押し殺した口調でマアリが逆に問いかけてくる。


 「お前は、リリィの何なんだ?」


 そう言ったマアリの手の辺りの空間が歪んだと思うと、()()が出てきた。

 ()()はマアリにひっつかまれて、アタシに向かって放り投げられた。

 

 ――()()は2対4枚の翅を持ち、黄色と黒のツートンカラーの……まさに、「蜂人間」と呼ぶべき――リリィの体だった。

 

 「うおっと!?」


 あわてて抱え込むようにキャッチする。


 「リ、リリィ!?」


 ……“ゲーム”に敗れて死亡したとしても、マアリにかかれば簡単に蘇生させられる。

 だから、ここにリリィがいるのは不思議では無い。



 ――だけど、受け止めたリリィの体は、腰から下が無くなっていた。

 

 「う、うぅ……ぐ、ふ……」


 それでも生きているらしい。微かな呻き声が聞こえてきた。


 「リリィは……あたしが蘇生してやった瞬間、あたしに攻撃してきたんだよ。……何故か?その理由は――お前との決戦、あの時に『何か』があったんだ。言え。言えよ、春野花子。どうやって、リリィの心を動かしたんだ……!?」


 混乱と、憤怒。

 今までのテキトーなマアリからはとても想像できないその感情が、アタシに真っ直ぐにぶつけられていた。



 ……リリィが、マアリと敵対した?

 ――そんなもん、こっちが理由を聞きたいよ、全く。



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