5 耳を塞いでも鼻は聞くから
肌と一緒に耳もしっかり塞いでいるから、仇な音はひとつもあたしの身体を素通りしてこない。
けれど、ほかの穴は開けてるから、女の嗅覚はしっかり研ぎ澄まされているから、その男の土留め色したクチャくちゃの距離と方角は正確に狭められてきている。
河岸は、変えたらしい。
電車を使わず路地の透き間を移動し、駅二つ挟んだ隣り街の立ち飲み屋に佇んでる。そこでもセンマイや肺なんかを、歯の無くなった歯茎でクチャくちゃ。丸吞みで胃の腑に落とせる始末のものばかり頼んで、アルコールの一滴も入ってないジンジャーエールで流している。だから、正確を期せば、男のクチャくちゃは歯のない歯茎がふわとセンマイを擦りあげ舐めつけ、最後はそれをアルコールのないジンジャーエールで流され丸吞みされ胃の腑に落とされていく音。真っ暗闇の二階からするポットん便所の音。
あたしはそれを傍まで寄って物陰からじっとの実況してるんじゃない。
ワイセツ罪に問われないまで開けた大きさ5ミリ四方の股座の穴も使いながらの嗅覚から聞いている。男と違って女の股座には一つ余計の三つ穴が湿り気と繊毛で蔓延ってるから、安定のトライアングルだから、ゲルマニウムラジオのバリコンのギザギザをいっこいっこ刻んでいくみたいにMHzを一っ一っこ刻んで聞いている。測量士みたいな屈んだり蹲ったりのポーズなんかしないでも他の通行者と同じ速さの歩みを進めながら捜索と復讐の企みを並行に進めていける。
あたしみたいにラバーマンして歩いてるのはいない。正確を期すならラバーウーマンをして歩いてる女はもっといない。
ハロウィンでないし、ハロウィンであってもファッションじゃない方のミソフォニアが耳からの肌からの音を遮断するため鎧として身に着けるラバーマンには鉢合わない。ハロウィンでない普通の日だから見世物への目でなく奇異なものへの目で十人に一人は二度見されるだけだ。けれど遮られるまでの邪魔は入らない。墨東ではそんなキッチュなセンス求めたりされないから、ほぉって置かれる。
その女の灰白色の下の中身が、ボンテージの似合うブラジル人とハーフな身体の22歳の女の子なのか、それとも頭でっかちしたのがあとになって勿体なかったって後悔するようなオバさんなのか。このあとどうにかなるわけでもないそんなどうでもいいことなんて誰ひとり勘ぐってこないのが墨東の暮らしやすさだ。見た目からくる感覚が全般に鈍感なのは墨東の長年に渡って培われたレガシーだ。
それでもこの道中が行き着くところまでいったミソフォニアのオバさんがラバーマンに身を固めて復讐に向かうまでは、想像がつくまい。
そのときあたしは想像している、己れを鼓舞している。
内骨格の柔わなお肉を剝き出しにした哺乳類が外骨格の甲殻類に変身して屠殺に向かってるのをイメージする。景気づけに屠殺とは食肉にするために気絶させて血を抜いて命を絶つ作業のことだと記した大辞林の一節を嘯いてみる。
あたしはほくそ笑む。この道中で収斂したこれまでの一連の振りをおさらいしながら、もう一度ほくそ笑む。
単なるポーズでも野卑た自虐でもなく、復讐に向かうときは過去の成功体験をおさらいするのが滞りなく遂行するための必須アイテムだからだ。
あたしはほくそ笑む。
そんなストイックなスナイパーを決め込むあたしを、これまでの一連の苦しみ、耳の奥の三半規管にピアスを刺した痛み、四つ胃を使い反芻してる牛の胃袋を男の陰嚢みたいにその形大きさが自覚できるまで握られる気持ち悪さ、そのあとくる嗚咽と嫌しみ。
そこまでを楽しみの収斂に昇華させたあたしがほくそ笑む。
ここまでのダメージもらったんだから、どんなお返ししたって理はあたしにあるよね。
いつでもそれが出来るようにと、あたしは毎日を鍛えている。自分の身体だけを使い、左と右、下と上の住人が決して気づかない静謐なマッスルトレーニングで毎日を鍛えている。
相手がほんとうに今生では二度と謁えないところまできたら、ラバーを脱いでもいい。
声帯がとれて、顎の関節が抜け、両手両足一歩も躄れないところまで来たら、肉で出来てるがただの彫塑まで落ちぶれて呉れていたら、鎧を脱ぐようにラバーを剝いでもいい。その時分にはラバーは皮膚のような外套膜になっているから、表皮を剝がし真皮を晒すように沁みるはずだ。どの毛穴も閉じた毛穴でなく大きく伸びをした毛穴になって、静謐の謐だけがひつひつと鳴ってるのを聞いてるはず。
それこそが快感。甲殻類が脱皮するときのチョキンと割れる発っしを聞いて気絶したくなるくらいの快感。




