3 クチャくちゃする音って、ダイキライ
此処までのお膳立てはバッチリだったのに・・・・
大相撲の夏場所のかかる5月17日の午1時丁度に、立ち飲み屋で、カナと女子ふたり分のスペースを確保。あたしの位置からだと14型ブラウン管テレビは斜めった真四角に見えてるから、映ってる力士の身体は皆んな少し夏瘦せしている。平日なら正午を挟んだ前後2時間と夕暮れまで待てない4時からが繫忙帯だけど、13時に人波がすくのは平日の午後を控えた人たちが集うランチのお店とは別ものだから。少し身体を左右にすれば向かいのカウンターの人垣の透き間から壁に張られたお品書きがすべて読み取れるくらいに余裕が生まれてる。
余裕といえば、三段目、幕下の取り組みしてる国技館の観客席も余裕だ。コロナ禍のソーシャルディスタンスのときよりも疎らだ。
これから結びまでの仕舞いまでなら優に5時間はある。升席を独り占めと云われても余程のマニアでなければ同じ席にずぅーと身体を押し込む才覚は生まれてこない。でも、一点突破のマニアなら、そんな世間の尺度とは隔絶してるはず。至福の中に埋もれているはず。自分ひとりの至福に包まれた夢の中と同じで、埋もれている間は五千百余の呼吸の数など勘定しないから時間の長さは生じてこない。
でも此処はそんなマニアな国技館でなく、午少し前から開けてる立ち飲み屋。
14型のブラウン管テレビに次々映しだ出される顔を名前も知らない裸の男たちに興をもって見つめる視線は、あたしを除きひとつもない。あたしの位置はどんどん離され、いまはギリギリ10センチの縦型までに圧縮された右側斜めのポジションだけど目からの情報はサブだから、あたしだけのひとつはそんなのに左右されない。
そんなひとつは、あたしだけが持てばいいひとつ。
まだまだ発展途上の十代の筋肉とばらけ始めた筋肉をねじり鉢巻きで結い直してる三十代の筋肉が本気のキャッチボールするときみたく硬球とグロブが醸す音にあたしの横隔膜は震えてく。あそこの観客席にいる一点突破のマニアでも横隔膜が震えてくるのは皆無のはず。
横隔膜の震えはあっても、その漣はあたしの中のこと。あたしだけが知覚してるもの。他のお客に関心のない立ち飲み屋のお客と店主は全くあたしを独りにしておいてくれる。
14型テレビは飲み食いに向かう以外の持て余しの視線の拠り所にするだけだから、あたしの視線の線を邪魔する押し寄せはない。カナはカナで、ジョッキのサワーが半分も残ってるのに、冷めていく串ものがどんどん固く剝がしにくくなるのに、冷えたセンマイの酢味噌和えが汗をかいて味噌を溶かしているのに、お喋り専門にシフトしている。・・・・・・・ダンナが保育園の送り迎えを率先してやるようになったのは、パートタイマーで入ってる山岸センセーのせいなのだと。でも山岸センセーのeカップはほんとうはcで、毎朝20分のカップ作業のたまものなのだと。それを教えてくれたのは茜ちゃんのママなんだけど、茜ちゃんのママはただただ送り迎えにやってくるパパたちの視線の半分が山岸センセーにいったのが口惜しいだけで、山岸センセーがeカップなのかcカップなのか、はたまたdなのかなんて全部茜ちゃんのママのつくり話の妄想なんだって言いふらしてるのは往かず後家の園長と結託してる山本夫人なのだと、山本夫人はママ友の中で唯一連れてきてる子どもにママを付けて呼ばれない稀有の存在で、そうなったのには3年前の夏休みのときに・・・・
それを、あたしは、左耳からスカル内の視床下部と海馬の間に通したバイパスを右耳を取りぬかしていく。すべての声と音がここを通ってくれるわけではないが、周波数帯とは別次元の相性の領域で区別されてる中でいうと、カナの声はバッチリあたしの脳の中のバイパスをカラカラ鳴らしながら素通りしていく。こんなとき、あたしの妄想はチベットで吹いてるジェット気流みたいな乾いた風を受けてカラカラ廻るマニ車。ありがたいお経は読むでも聞くでもなくカラカラ流れていくのがありがたい。
今日のカナはメゾソプラノ。外側のカリッとした硬さの中にカスタードクリームの入ったいい仕上がり具合、道路挟んだ工事現場の削岩機のガツガツダクダクといい感じでコラボしながら抜けていく。滞まらないなら、抜けていってくれるなら、耳かきボイスの繊毛をくすぐる音しか残さないとてもいい感じなんだけど。
ブラウン管テレビから届く音は少ない。ジェット気流に吹かれるマニ車の妄想もインプットしたから余計に小さい。あたしは認知機能を少し余計に集中させ、増幅させる。いま欲しいのは、カボスサワーでも肺の混じったホルモンの串焼きでもなく少し夏瘦せした男の身体のぶつかる擬態音があたしの中の横隔膜を揺らしてく音。それに集中したい。
・・・・のに、なのに、聞こえる。聞こえてくる。
あたしの至福を邪魔する音がド直球でバッティングセンターのピッチングマシンみたいに次々にやってくる。
あたしの大っ嫌いなクチャくちゃする音が聞こえてくる。
それに、そのクチャくちゃは、最低最悪のクチャくちゃ。ヒトが食事中にする咀嚼から完全に離れたクチャくちゃ。
クチャクチャしてる口中の中身は植物由来でない。まずはそれが伝わる。
ホルスタインやバイソンが乾いた草のセルロースを四つの胃袋を使ってする反芻のような目的に比して行うものでない。
動物由来の内臓肉や筋肉を飲み込むための咀嚼でなくガムを嚙むように延々それ自体を楽しんでるクチャくちゃ。
歯茎を見せて、ついでに歯並びの悪さからくる空きっ歯まで見せて、その隙間から己れの肉とは違う肉片を、人類がヒトではなくホモサピエンスでもなかった大脳のままの、大脳など一度として意識したことない食性が、コの字したカウンターのちょうど真向いの男の客の深めに被ったアポロキャップの下から直球であたしの鼓膜にガツガツ飛び込んでくる。
耳を押さえる、蓋をする
けれど、スカル内の視床下部と海馬の間にあたしが通したバイパスを素通りしてはくれない。しっかり耳骨が掴んで体液を震わせて、脳が記憶している嫌いなものリストのラベルをつけながらグルんぐるんスカルプが痒くなるくらい回っていく。キンキンに氷結させたシャンプーでマッサージするくらいゴツゴツした痒さで回っていく。
それでも、三十路を過ぎた女はこうしたことには慣れっこ。女の性はそんなのでいちいち頭を引っ込めたりはしない。山本夫人なんて超エロ出されても、一度も知らないこれからも知らないそんな女のことで記憶の欠片にしないように残さないように、ジェット気流みたくきれいさっぱり素通りさせられるんだから。男を知らないローティーンみたいに慌てふためいたりはしない。
カナも含めた半径すべてが分からない仕草であたしは頬杖するみたいに頭を傾け、杖にした右手の小指の腹でそっと栓をする。素っ裸の左耳にはそこに急に出来物でも現れたりしたように小指の先を蓋にしたり、女にしては厚めの耳たぶを重石に使って耳小骨の三つの骨から内耳液に伝わり大脳で認知されるまでの経路を少しでも胡散霧散の体勢をとる。
やんだ
あたしは、ふたたび、14型テレビを経由してくる発展途上の十代の筋肉とばらけ始めた筋肉をねじり鉢巻きで結い直してる三十代の筋肉が本気のキャッチボールするときみたく硬球とグロブが醸す横隔膜の震えの快楽に戻っていく。身体の体液をスカルに集中してるから、きっと頬杖より水頭症みたく巨大化した頭が横倒しになってるんだろうけど、カナも含め此処の店主もお客も回りをいじらないから安心。あたしは安心して横隔膜の快楽に身を任せる。
でも、やんでいなかった
嫌いで飲み込めなくなったら外だしして水頭症まで巨大化させたあたしの潔癖を、じぃーと見つめている。三十路女が己れの潔癖から外れた汚れ物を器用に分別してる件りに気づいてしまっている。撒き餌に獲物が掛かってきたときのように、楽して、たくさんのご馳走にありつく前の不思議の国のアリスに出てくるセイウチの顔に似せて、クチャくちゃしてる。
あたしは牡蠣。
純で疑うのをしらず知らないうちにセイウチの臭い口中にバキュームされて、計略の欠片も残されずに食べられていく何百何千の牡蠣の仔の欠片に貶められる。




