2 心頭滅却すれば火もまた涼し
そんなでもふたりのずぅーとが続いているのは、食事のときのカナの食べ方が美しいからだ。
どんなに自分のお喋りが中心でも、カナの右手は箸やスプーンやフォークを別の生きもののように操り口中へと運んでいく。そしてお喋りが中心の口は掌と違って二つはないのに運ばれていく一塊を視界から消え失せさせ、カナの身体の一部に溶け込ませる。
口中も腹中も同じひとつの身体を明らかにするように、箸やスプーンやフォークで運ばれてた一塊は食器に盛られた美味しそうな姿から剝ぎ取られたあと、その生きものの粘液を伴う入り口からその身体の一部に溶け込まれるまでのグロテスクな醜態を晒さないで済ませて呉れる。
保ってるかたちが汚く崩れ混ざってくグラデーションをアンプに繋ぎ増幅させ歪ませるクちゃクちゃクちゃクちゃの不協音は起こさない。
うるさいけどほかを引っ張りこんだりしないから、カナのお喋りの半径は静謐が保たれる。
こんなファミレスのセットものばかりでなく、ギャルソンが何度もあたしたちのテーブルまで往復してくれるお客もお店もお洒落していくお高いお店だったり、たまには河岸を変えて入いるセンベロな立ち飲みの屋だって敷居は高くない。いまの立ち飲み屋は店もお客もソフトドリンクだろうと若い女だろうがそんなことにいちいち執着していないから、安心。
意外と思われるだろうが、こうしたお店には静謐が満ちている。
空いたスペースを見つけて注文と先払いの注文を済ますと、一人客はいまだに高台に置かれたブラウン管テレビが奏でるスポーツ中継を見つめる。無理にオシャレして特定の客層に呼び込みをかける立ち飲み屋を別にすれば、お客は一人客だし、店の佇まいを見て肩を差し込む。
一番にしっくりくるのは、ふた月に二週間しか掛けてない大相撲のとき。
午より少し前から始まる3段目相撲から流れてくるを見計らって、そこから2時半までの幕下までのポツポツだったりスカスカだったりの観客の埋まっていない他人の視線の溢れていない中の感じが、好き。
相撲好きというのではない。幕内や十両と違って仕切りまでの制限時間は2分だけだから、髷も廻しも顔つきもマウントかけないマットな感じのただの百人の男の身体が澱みを生まずにテンポよく運ばれ、そこから零れるリズムに満たされていくのが、好き。カッティングマシーンで凹凸を施された盤はラベルを付けて包装して専用の棚に納められる。余計なミキサーは必要ない。
そこに混ざるカナのお喋りにも静謐が満ちてくる。立ち飲みスタイルのお店で他のお客と店の方にふたりが他人同士でないのを確かめるくらいアルトまで鎮めたトーンの声では話しするカナのお喋りは、意外なほど静謐に溶け込むから、好き。
カナの声はアルトでも硬質の高さを維持している。
白い鍵盤より一段高い黒鍵の上にいつも爪先立ちしている瘦せた女の子の硬質を維持しているから、あたしの静謐の邪魔をしない。静謐の冷たさを維持してくれるから、皮膚の表面が赤く腫れるくらいの熱いお風呂に入ったときに感じる涼しさを知ったから、あたしは、信長に火をつけられ心頭滅却すれば火もまた涼しと唱えて焼け死んだ快川和尚の話しを実のものとして飲み込んでいける。
滅多に車の入らない路地なのに道路挟んだ隣のビルディングの解体工事が始まった。それの四六時中削岩機の音が鳴り響いていても、静謐の結界の張られた半径なら、あたしの静謐は保たれる。逸話を残す焼身なぞしなくても静謐な涼しさを感じていられる。
だから、今月のカナから掛かってきた電話にあたしはその店のあるあの辺りの街並みを告げているはず。初夏の川面を跳ねてるカワウの滑らかな感じを歯笛を使って知らせる。お喋りよりもあたしは歯笛と口笛の方が得意だから・・・・・この前のときは、先々月の前だからちょうど国技館のときだから、いいよね、あそこで・・・・そんなのを口ごもりながら是非を確かめるためでないように告げていく。
あたしから、電話口ならなおさら、あたしの口から改行するくらいのたくさんのお喋りが発せられることはないから、カナはウンといって受け入れてくれる。掛けてくるくせに、お店ではあんなにお喋りなくせに、電話口だといつも寡黙なカナ。
意外と思われるだろうが、こうしたお店には汚く混ざったクちゃクちゃの不協音は見当たらない。
店にいる自分の目的が、飲食と大相撲中継に決まっているから。他の雑音は起こさない。まだ固形物が入っているのに、口中にビールやサワーを流し込むお客はいない。次々がテキパキの幕下相撲を観てるから、お喋りのない口中にものを納めるのは、土俵の空いた短い間の負けた力士が引き上げるときに目元を手元に落とせる僅かだけだから、串もののガブリか汁物の一掬いのみとなる。次のふたりが土俵にあがり仕切りの2往復の間にジョッキを口元へ運ぶテンポに押され、口中の固形物は早めに腹中に納めていくこととなる。
はっけよいが掛かったあとの瞬時をかけた観戦は、息を止めた緊張を満たす。息を止めてるような身体のときに口中をカミカミしたりクちゃクちゃしたりの習慣は、ご法度だ。




