1 カナと可南子
同じところを回り続けるカナの愚痴は12周目に突入している。
そんな口の端から零れるいちいちを貰って溜まって太ったりをあたしはしたくないからそんないちいちをあたしの大切に処に写し取ってはいかない。
レコードが発明されたあとラッカーを塗った盤にカッティングンマシーンで小さな凹凸を刻み込まれるのはそれなりに選ばれたものだけだったように選別をしている。
耳から鼻へ、胸から背中へ、ときにはスカルに拵えたバイパスを使って素通りさせていく。カナのいちいちは反芻しない。このひと月の身の纏わりとだけぶら下げる。
纏わるものは先月も先々月もたいがいなのは聞こえなくても決まってる。
人となりが分かる恋愛期間を経ずに5年前結婚したパートナーの祐一とそのあと順々に産んだ女の子の沙也加と男の子の由紀人のどうしようもないどうでもいいの事柄を事細かにして数珠つなぎしながら並べていく。
カナの声はアルトまではないが、低い方。硬く突んがってはこないから、その分降り出した雨のようにあたしのおろしたての白のニットカーディガンに沁みてく。
ナポリタンを食べるのにわざわざ白もの着てきた女のように汚い斑点したオレンジ染みが吹き出物みたくたくさん出来ていく。でもそのことは帳面には書き取る。カナの零した愚痴でなく、それで拵えた汚い斑点のオレンジ染みはあたしのものだから。
おろしたての白いカーディガンに付けてもらったものだから。あたしのものだと云って見えるものだから。それはあたしの手書きよりも綺麗な筆跡でカッティングマシーンに小さな凹凸となって刻まれる。
オレンジの染みは108こ。除夜の鐘と同じ煩悩の数なんて出来すぎ。
独り身のあたしと違って夜の飲み歩きの出来なくなったカナに1か月に1度の差しの茶話会を段取っているのはあたしの方だけど、それを仕向けているのはカナの差し金。小学校だけは別で幼稚園中学高校大学と仲良し二人組でくっついてきた二人だからもう離れられない。そんな前提をマウントとってきて、溜まったものを次々バケツリレーするように手渡ししてくる。
むかしから、そう
電話をかけてくるのはいつもカナのほう、あたしからかけたことは一度もない。メールやチャットに変わったご時勢でも、カナの少し低くて地を這う蛇のようなサラサラいう声が液晶の透き間から聞こえてくる。電話口の声は左耳から右耳、耳骨から鼻骨へ通り抜けていくけど、それのコダマは残すに値するものだから、最新のミキサーを挟んで、不協和音で色調を変えて、カッティングマシーンで刻む。
報恩講の大数珠掴まり、輪袈裟掛けて、御詠歌うたう婆ぁの群れ
高校二年生に綴った一行詩を名盤帳の中からめくる、
これを超えるカナの声の結着紙は未だに見つかっていないから、あれが聞こえてきそうになると横隔膜の下あたりにあるあたしの中のもう一つの共鳴板が震え出し、帳面のそこをいつでもめくれるように準備万端にしておく。
幼稚園の遠足のバスでバス酔いしそうになる前に必ず飲んでいた酔い止め薬の薄ら甘いオレンジの味と記憶が一緒にやってくる。
ゲェ吐かないように、ねっ
それは一行詩でない。幼稚園の年中さんだった時分のあたしの声が、おしゃまな少し潰れただみ声でそれを囁いてくる。
この声なら大丈夫。皮膚を破ってきたり薄皮を剝いできたりしないから。リラックスして安心していられる。ツーサイクルの呼吸や20秒毎の瞬きを手に持ったストップウォッチが汗ばむような真似をしないでやり過ごせる。
せんきゅうひゃくはちじゅうきゅうえん。ぽいんともはんぶんのきっちりわりかんしたから・・・・・・・そろそろかえてもいいんじゃないの、そのげんきんしゅぎ・・・せんえんさつだしたあと、まいかいまいかいさいふのなかの・・・・いちえんだまよんまいごえんだまいちまいじゅうえんだまはちまいひゃくえんをよんまいごひゃくんだまいちまいからいちまいづつあたしにてわたしするんだもの・・・・・・・きらいだもねんね、ごじゅうえんだま。てざわりがごえんだまといっしょだからまちがえやすいからって、ちっちゃいときからそういってたもんね・・・・だったら、・・・・ねぇ、可南、あたしのいってることきいてるの・・・
聞いてるよ、聞こえてるよ、カナ、ちゃんとみんな、さいしょからさいごまで、ずぅーとぜんぶ。
レジで会計してくれるカナを待ってる可南子のあたしは、いつものように行儀よくウェイティング椅子に座って、言われた金額をすぐにカナの掌に渡せるようにがま口の口を開けたまま右手を差し込みジャラジャラを鳴らす。
三十路過ぎた女がそんな真似しないでよの舌打ちしたいカナを横目に楽しみながら、待っている。




