表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はまだ、この本を書いていない  作者: 岐阜昌志
黒く滲む七月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/120

第75話 大事な話がある

七月二日の放課後。


■文芸部部室前


 呼び出し音は、長く続かなかった。


 すぐに、美月が出た。


『は、はい。昌志先輩?』


 昌志は、少しだけ息を吸った。


「美月ちゃん。突然だけど、大事な話があるんだ」


 電話の向こうで、少し間があった。


『だ、大事な話……ですか?』


「ああ。君にしか話せない話なんだ」


『わ、私にしか……?』


「いや、君にしかできないことなんだ」


 自分でも少し声が大きくなった気がした。


 部室の中まで聞こえているかもしれない。


 でも、今は文芸部の存続がかかっている。


 多少真剣になるのは仕方がなかった。


「頼む。美月ちゃんに、どうしてもお願いしたい」


『ど、どうしても……』


「美月ちゃんじゃないと駄目なんだ」


『えっ』


 電話の向こうで、美月の声が跳ねた。


『わ、私じゃないと、駄目……なんですか?』


「ああ。たぶん、美月ちゃんにしかできない」


『そ、そんな……私、まだ、心の準備が……』


「心の準備?」


『い、いえ。何でもないです。大丈夫です。たぶん、大丈夫です』


「本当に?」


『はい。昌志先輩の話なら、ちゃんと聞きます』


「助かる」


 昌志は少しだけほっとした。


 美月は、やはり優しくて、思いやりがある。


 本来なら、お願いするのはこちらだ。


 それなのに、美月の方から聞くと言ってくれた。


「やっぱり、美月ちゃんは優しいな」


『そ、そんなことないです』


「思いやりもあるし、謙虚だし。司とは違うな」


『司ちゃん、ですか?』


「ああ。司なら、たぶん面倒くさいって言う」


『ふふ……司ちゃん、言いそうですね』


「だろ」


 電話の向こうで、美月が小さく笑ったような気がした。


 昌志はそのまま続ける。


「じゃあ、この後、圭佑と一緒に家に行くから、その時に詳しく話せないか?」


『お、お兄ちゃんと一緒に、ですか?』


「ああ。圭佑にも関係ある話だから」


『お兄ちゃんにも、関係……』


「五時くらいになると思う。ちょっと遅くなるけど、大丈夫か?」


『えっと……準備が』


「準備?」


『い、いえ。何でもないです。大丈夫です。ちゃんと準備して待ってます』


「助かる。美月ちゃんに会って、直接話したかったんだ」


『ちょ、直接……』


「大事な話だからな」


『は、はい。お待ちしてます』


「ありがとう。じゃあ、五時頃に行く」


『はい。昌志先輩の大事な話、ちゃんと聞きます』


 電話が切れた。


 昌志はスマホを見下ろす。


 少し緊張した。


 でも、とりあえず約束はできた。


 これで美月に話はできる。


 入ってくれるかどうかは分からない。


 けれど、文芸部のために一歩は進んだ。


 昌志は部室へ戻った。


■文芸部部室


 扉を開けると、部室の中の視線が一斉に昌志へ向いた。


「五時に会うことになった」


 昌志がそう言うと、圭佑はすぐには答えなかった。


 少しだけ間が空く。


 それから、圭佑はゆっくりと片手で顔を覆った。


「……お前さ」


「何だよ」


「今の電話、こっちまで聞こえてたからな」


「ああ悪い。少し声が大きかったか?」


「そこじゃない!」


 圭佑は深いため息をついた。


「あんな言い方したら、美月が誤解するだろ!」


「何を?」


「それが分からないから言ってるんだよ」


 圭佑は顔を押さえた。


 矢部が少し困った顔で言う。


「岐阜先輩、今の頼み方はちょっと……」


「何か変だったか?」


「変というか、相沢先輩の妹さん、かわいそうですね」


「かわいそう?」


 昌志は首をかしげた。


 佐藤雪も小さくため息をついた。


「本当にかわいそうだよね」


「雪まで何だよ」


「昌志くん、あれは誤解されるよ」


「何を?」


「大事な話とか、君にしかできないこととか、どうしてもお願いしたいとか」


「実際、大事な話だろ。美月ちゃんにしかできないことかもしれないし」


「美月ちゃんじゃないと駄目なんだ、も言ってたよね」


 佐藤雪が言う。


「それも本当だろ!」


「直接話したかったんだ、も言ってた」


「大事な話だからな」


 昌志が真面目に答えると、一年の大井と大葉が顔を見合わせた。


「あれ、絶対にあれですよね」


「ですよね」


「本気にしちゃいますよね」


「何をだよ!」


 昌志が聞いても、二人は答えずに笑いをこらえている。


 圭佑が深いため息をついた。


「美月、あれ本気にしてるぞ」


「俺も本気だけど!」


「そうじゃない!」


「何が違うんだよ!」


「全部だよ」


 圭佑が言うと、矢部がとうとう笑い出した。


 大井と大葉もつられて笑う。


 佐藤雪も、申し訳なさそうにしながら笑っていた。


「これ、天然なんですか?」


 大井が圭佑に聞いた。


「純粋な天然だな」


 圭佑が答える。


「誰が天然だよ!」


「お前だよ!」


「普通に文芸部の話をしようとしてるだけだろ」


「そこは合ってるのに、言い方が全部おかしいんだよ」


「分からん」


 昌志は本当に分からなかった。


 美月に大事な話があるのは本当だ。


 美月にしかできないかもしれないことなのも本当だ。


 今日会って話したいのも本当だ。


 直接話したかったのも本当だ。


 どこが悪かったのか分からない。


 けれど、部室の中では全員が笑っている。


 佐藤雪まで笑っている。


 昨日、黒い本が書いていた微笑みとは違う。


 少なくとも今の笑い方は、少しだけ軽く見えた。


 それなら、まあいいかと思った。


「圭佑」


「何だよ」


「五時にお前の家へ行くことになったけど、いいよな?」


「勝手に決めてから聞くなよ」


「駄目なのか?」


「駄目じゃないけど」


「ならいいだろ」


「美月の準備が何の準備なのか、考えるだけで頭痛いけどな」


「準備って、話を聞く準備だろ」


「お前はもう黙ってろ」


 圭佑がそう言うと、また部室に笑いが起きた。


 昌志は、やはり何で笑われているのか分からなかった。


 でも、とりあえず美月と会う約束はできた。


 文芸部を助けられるかもしれない。


 佐藤雪の悩みを、少しだけ軽くできるかもしれない。


 昨日は気づけなかった。


 声もかけられなかった。


 けれど、今は目の前にいる。


 昔、成沢雪だった人。


 今は佐藤雪という名前で、文芸部のために困っている人。


 昌志は、少なくともその手助けはできそうだと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ