第46話 親友だから
四人は、窓際の席へ案内された。
昌志の隣に圭佑。
向かい側に、瑞美遥と加藤あい。
席に着いてからも、昌志は少し落ち着かなかった。黒い本の文章が、まだ頭の中に残っている。
ついていけば、探していたものに少し近づく。
探していたもの。
それが何なのか、まだ分からない。
けれど昌志は今、駅前の商店街にあるファミレスの席についている。
親友に誘われて、ここまで来た。
この状況そのものが、黒い本に書かれていたことなのかもしれない。
そう思うと、メニューを見ても文字が頭に入りにくかった。
「昌志、何にする?」
圭佑が横から聞いてきた。
「何でもいい」
「何でもいいが一番困るんだよ」
「じゃあ、ドリンクだけ」
「軽く食うんじゃなかったのか」
「俺はそんなこと言ってない」
「俺が言った」
「なら圭佑が食べればいいだろ」
「お前な」
圭佑は呆れた顔をした。
向かいで加藤さんが小さく笑っている。
瑞美は、メニューをかなり真剣に見ていた。
ドリンクバーの値段。
セットの値段。
軽食の値段。
全部を比べているみたいだった。
「みつみん、そんなに真剣に見なくてもいいんじゃない?」
「見るべきです」
瑞美は即答した。
「最初に割り勘と言いましたから」
「まだそこ気にしてるんだ」
「気にします」
「本当にみつみんらしいね」
加藤さんが笑う。
その呼び方を聞いて、昌志も少し首を傾げた。
「みつみんって、瑞美のこと?」
「そうです。可愛いでしょ」
加藤さんは、当然みたいに答えた。
瑞美がすぐに顔を上げる。
「加藤さん。その呼び方は、人前ではやめてくださいと」
「え、可愛いじゃん」
「可愛いかどうかの問題ではありません」
「でも、昔のあだ名よりはいいと思うけど」
その一言で、瑞美の表情がぴたりと固まった。
昌志も、思わず加藤さんを見る。
圭佑は何も知らない顔で聞いた。
「昔は何て呼ばれてたんですか?」
「圭佑」
昌志はすぐに口を挟んだ。
「やめろ。それは聞かない方がいい!」
「え、何でだよ」
「あまり聞かないでください」
瑞美も、真面目な顔で続けた。
その声がいつもより少しだけ低かった。
加藤さんは、知っている側の顔で笑いをこらえている。
「相沢さん、そこは踏み込まない方がいいですよ」
「そんなに?」
「はい。みつみんの歴史には、触れてはいけない部分があります」
「加藤さん」
「はいはい」
加藤さんは笑った。
瑞美は本気で困っている。
昌志も、前に聞いたあだ名を思い出しかけて、何も言わないことにした。
圭佑だけが分からないまま、三人の反応を見比べている。
「何だよ。俺だけ知らないやつか」
「知らない方が平和です」
昌志が言うと、加藤さんがとうとう笑った。
瑞美は少しだけ頬を赤くして、メニューで顔を隠すようにした。
その様子がおかしくて、圭佑もつられて笑った。
昌志も、少しだけ口元が緩んだ。
重かった空気が、その一瞬だけ軽くなる。
昼休みに聞いた嫌な言葉も、黒い本の文章も、少しだけ遠くなった気がした。
「とにかく」
瑞美はメニューを下ろして、話を戻すように言った。
「私は、ドリンクバーだけにします」
「軽いもの、頼まなくていいんですか?」
圭佑が聞くと、瑞美は首を横に振った。
「そこまでお腹は空いていませんから」
「みつみん、さっき駅でお腹空いたって言ってなかった?」
「加藤さん」
「言ってたよね」
「少しだけです」
「じゃあポテト頼もうよ。四人で分ければいいし」
加藤さんはそう言って、昌志たちを見た。
「いいですよね?」
「俺はどっちでも」
「じゃあ決まりですね」
「何で」
「どっちでもいいは、いいってことです」
加藤さんは勝手にそう決めた。
圭佑が笑いながら頷く。
「じゃあ、ドリンクバー四つとポテトで」
「割り勘ですからね」
瑞美がすぐに言った。
「分かってます」
圭佑は、さっきよりも少し丁寧に答えた。
注文を終えて、飲み物を取りに行く。
戻ってきて少しすると、空気が少し落ち着いた。
最初に口を開いたのは、瑞美だった。
「あの、この前のことなんですけど」
「この前?」
圭佑が聞き返す。
「妹さんは、大丈夫でしたか?」
圭佑の表情が、ほんの少し変わった。
すぐにいつもの顔へ戻したけれど、昌志には分かった。
美月のことだ。
「ああ。大丈夫です。怪我もほとんどなかったし、今は普通に元気です」
「そうですか。よかったです」
瑞美は、本当に安心したように息を吐いた。
加藤さんが首を傾げる。
「何の話?」
「あ、加藤さんには言ってなかったですね」
瑞美が少し迷ったように昌志を見た。
昌志は、何も言えなかった。
代わりに、圭佑が話し出した。
「俺の妹が、事故に遭いそうになったんです」
「事故?」
「車にひかれそうになったんですよ。下手したら、本当に危なかった」
「え」
加藤さんの顔から、軽い笑みが消えた。
「それを、ここに座ってるこいつが助けてくれたんです」
圭佑は、昌志を親指で指した。
加藤さんの視線が、昌志に向く。
「岐阜さんが?」
「別に、大したことじゃないです」
口からすぐに出た。
いつもの言葉だった。
圭佑が、横でため息をつく。
「出たよ」
「何が」
「大したことじゃない」
「実際、結果的に無事だっただろ」
「結果的に無事だったのは、昌志が助けたからだろ」
圭佑の声は強かった。
怒っているわけではない。
でも、冗談にもしていなかった。
「美月は、本当に危なかった。お前がいなかったらどうなってたか分からない」
「……でも」
「でもじゃねえよ」
圭佑は短く言った。
その言葉に、昌志は口を閉じた。
感謝されている。
分かっている。
責められているわけではない。
それなのに、胸の奥が少し苦しくなる。
昌志は黒い本を見ていた。
だから、その場所に行けた。
だから、美月を助けられた。
そのことを言えないまま、まっすぐ感謝されると、どうしていいか分からなくなる。
「すごいじゃないですか」
加藤さんが言った。
声には、もうからかう感じはなかった。
「普通、できませんよ」
「たまたまです」
「たまたまでも、助けたんですよね?」
「……まあ」
「それは、すごいと思います」
加藤さんの言葉は素直だった。
素直すぎて、余計に受け取りにくかった。
昌志が黙っていると、圭佑が言った。
「こいつ、こういうやつなんです」
「こういう?」
「誰かを助けても、大したことないとか、たまたまだとか、礼を言われることじゃないとか、すぐそういうこと言うんです」
「圭佑」
「本当のことだろ」
「言わなくていいだろ」
「言う。お前は言われた方がいい」
圭佑は、少しだけ真面目な顔で言った。
「美月だって、ちゃんと礼を言いたがってた。でもお前は、ずっと大したことじゃないって顔してた」
「……本当に、大したことじゃない」
「またそれだよ」
圭佑が呆れた声を出した。
その時、向かいの瑞美が静かに頷いた。
「分かります」
昌志は瑞美を見た。
圭佑も、加藤さんも、瑞美を見た。
瑞美は真面目な顔で続けた。
「私も、何度か助けられました。でも岐阜さんは、いつもそんな感じです」
「瑞美」
「本当のことです」
「そんなに何度も助けられてるの?」
加藤さんが驚いたように聞いた。
瑞美は少し考えてから、指を折るようにした。
「財布の時と、図書カードの時と、この前の手帳の時です」
「ああ、手帳って雨の時の?」
「はい」
瑞美は、自分の鞄に入っている手帳を少しだけ意識するように見た。
「あの時も、岐阜さんは大したことではないと言いました」
「いや、本当に」
昌志が言いかけると、圭佑と瑞美の声が重なった。
「ほら、こんな感じなんです」
「ほら、こういう感じなんです」
二人の声が、ほとんど同時だった。
一瞬、席が静かになる。
それから、加藤さんが吹き出した。
「息ぴったりじゃないですか」
圭佑は少し気まずそうに頭をかいた。
「いや、今のは」
瑞美も少しだけ困った顔をした。
「たまたまです」
「たまたまって言葉、今日多くないですか?」
加藤さんが笑う。
そして、昌志の方を見た。
「でも、それって結構かっこよくないですか?」
「全然かっこよくないですよ」
「即答」
「そんな大したことしてないんですから」
「また言った」
加藤さんが楽しそうに言う。
圭佑と瑞美は、今度は声を出さずに昌志を見た。
その目は、責めているわけではない。
分かっている。
たぶん、心配している。
でも、昌志には少し責められているように感じた。
悪いことをしたわけではない。
感謝されている。
褒められている。
それなのに、どうしてこんなに息が詰まるのか分からない。
黒い本のことを言えないからだ。
それだけなのかもしれない。
でも、その「それだけ」が、ずっと重い。
昌志はグラスを手に取り、水を一口飲んだ。
「ちょっと、席外します」
「え?」
「トイレ」
「ああ」
圭佑が頷いた。
瑞美が少し心配そうに昌志を見る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
また、その言葉を使った。
言った瞬間、昌志は自分でも嫌になった。
昌志は席を立ち、トイレの方へ向かった。
洗面台の鏡の前で立ち止まる。
顔色は、思ったより悪くなかった。
ただ、目だけが少し疲れているように見えた。
「……何やってんだろ」
小さく呟いた。
助けた。
感謝された。
それだけなら、普通は嬉しいはずだ。
でも昌志は、嬉しいだけではいられない。
黒い本を見たから助けられた。
その事実が、ずっと後ろにある。
もし黒い本がなかったら。
もし文章を見ていなかったら。
美月を助けられなかったかもしれない。
瑞美の財布も。
図書カードも。
手帳も。
どれも、気づかなかったかもしれない。
そう思うと、自分が褒められているのが、少し違う気がした。
昌志は手を洗い、少しだけ深呼吸した。
その頃、席では、圭佑が声を落としていた。
「……すみません。急に変なことを言うんですけど」
瑞美と加藤さんが顔を上げる。
圭佑は二人を見て、それから一度、昌志が消えた方を見た。
「実は、あいつ、最近ずっと何か悩んでる感じがするんです」
瑞美は、すぐに目を伏せた。
「知っています」
加藤さんが瑞美を見る。
「みつみん?」
「でも、教えてくれません」
瑞美は静かに言った。
「聞いても、はぐらかされます」
「やっぱり、そうですか」
圭佑は小さく息を吐いた。
「俺にも、何も話してくれないんです」
「相沢さんにも?」
「はい。親友のはずなんですけどね」
圭佑は少しだけ笑った。
けれど、その笑いは軽くなかった。
「妹を助けられたからっていうのもあります。美月のことは、本当に感謝してます。でも、それだけじゃないんです」
圭佑は、二人に向かって、まっすぐ頭を下げた。
「俺は、あいつの力になりたいんです」
瑞美が息をのんだ。
加藤さんも、さっきまでの軽い表情を消した。
「何に悩んでるのか、知りたいんです。あいつが何を隠してるのかも、本当は知りたい。でも、あいつは俺には言わない」
圭佑は頭を下げたまま続けた。
「だから、もし二人なら何か聞けるなら、力を貸してもらえませんか」
瑞美は、すぐには答えなかった。
テーブルの上のグラスを見つめる。
中の氷が、小さく音を立てた。
「……私にも、話してくれませんでした」
瑞美の声は小さかった。
「でも」
そこで、瑞美は少しだけ顔を上げた。
「そのうち、必ず話すと言っていました」
「必ず?」
「はい」
瑞美は頷いた。
「岐阜さんは、そう言いました」
圭佑はゆっくり頭を上げた。
「瑞美さんには、そう言ったんですね」
「はい」
「そっか」
圭佑は短く言った。
少しだけ悔しそうで、少しだけ安心したような顔だった。
加藤さんが、瑞美と圭佑を交互に見た。
「やっぱりさ」
「加藤さん」
「まだ何も言ってないじゃん」
「言う前に分かります」
「二人、彼氏と彼女なんじゃないですか?」
「加藤さん」
瑞美の声が、少しだけ強くなった。
「冷やかさないでください」
「はいはい」
加藤さんは笑った。
その軽さで、少しだけ空気が戻った。
圭佑は、今度は瑞美を見た。
「瑞美さん」
「はい」
「もし、あいつが何か話したら……全部じゃなくていいです。俺に関係あることだけでも、教えてもらえませんか」
瑞美はまた、少し考え込んだ。
真面目に考えている顔だった。
加藤さんが肘をつきながら、圭佑を見る。
「そんなに知りたいんですか?」
「知りたいです」
圭佑は迷わず答えた。
「特に、どうして今回、美月のことを助けられたのか。それも知りたいです」
「助けてもらったのに?」
「感謝してます。不満なんてありません。ただ、個人的に知りたいんです。あいつがどうしてあそこにいたのか。どうして、あんなにタイミングよく助けられたのか」
圭佑の手が、テーブルの上で軽く握られた。
「でも、一番はそこじゃないです」
「じゃあ、何ですか?」
「あいつが悩んでるなら、力になりたいんです」
圭佑は、もう一度まっすぐ言った。
「何に悩んでるのか、知りたいんです。知らないと、助けようがない」
加藤さんは、少し目を細めた。
「結構、熱い男ですね」
「そうですか?」
「そうですよ。でも、私はキラキラした話とか得意じゃないですよ」
「キラキラ?」
「友情とか、親友とか、そういうの」
加藤さんは軽く言ったが、目は笑いきっていなかった。
圭佑は少しだけ困ったように笑った。
「別に、かっこいい話にするつもりはないです。ただ、放っておきたくないだけです」
瑞美は黙って、鞄から小さなメモ帳を取り出した。
きれいな字で、何かを書いていく。
それを一枚切り取り、圭佑の方へ差し出した。
「これは?」
「私の電話番号です」
圭佑が驚いた顔をした。
加藤さんも、少し目を丸くする。
「みつみん、いいの? 電話番号なんか渡しちゃって」
「いいんです」
瑞美は、圭佑を見た。
「私も、岐阜さんのことを助けたいんです」
その声は、静かだった。
でも、はっきりしていた。
「だから、協力します」
圭佑は、メモを受け取る前に、少しだけ動きを止めた。
加藤さんが、瑞美の横顔を見る。
「やっぱり、みつみんは彼のことを――」
「加藤さん」
瑞美は途中で止めた。
その頬が、ほんの少し赤くなっていた。
「分からないです」
「分からないんだ?」
「分かりません」
瑞美は、メモを持ったまま、目を少し伏せた。
「だけど、助けたいって気持ちは本当です」
加藤さんは、さっきまでのからかう顔を少しだけ引っ込めた。
代わりに、優しく笑った。
「そっか」
「はい」
瑞美は頷き、もう一度メモを差し出した。
圭佑は、今度こそそれを両手で受け取った。
「助かります」
圭佑は、瑞美と加藤さんの二人に向けて言った。
「本当に、助かります」
「まだ何かできると決まったわけではありません」
瑞美は真面目に言った。
「それでもです」
圭佑はメモを大事そうに持った。
「一人で考えてても、何も分からなかったんで」
それから、少しだけ表情を引き締める。
「ありがとうございます」
「ただし」
瑞美は真面目な声で言った。
「岐阜さんには、内緒ですからね」
「はい」
「あと、必要のない連絡はしないでください」
「はい」
「夜遅くも困ります」
「分かりました」
「それから」
「みつみん」
加藤さんが笑いをこらえながら止めた。
「契約書じゃないんだから」
「大事なことです」
「分かるけど」
圭佑は少しだけ笑った。
「大丈夫です。ちゃんと守ります」
「お願いします」
瑞美は小さく頷いた。
その時、昌志が席に戻った。
三人の視線が、一瞬だけ昌志に向いた。
「何の話してたの?」
昌志が聞くと、加藤さんが一番早く答えた。
「みつみんが真面目すぎるって話です」
「それは、いつものことじゃないですか」
「岐阜さんまで」
瑞美が少しだけ不満そうに言う。
圭佑は水を飲みながら、笑いを隠していた。
「お前、そういうこと言えるくらいには元気戻ったな」
「別に、落ち込んでたわけじゃない」
「はいはい」
「その言い方やめろ」
「やめない」
加藤さんが楽しそうに笑う。
瑞美は少しだけ呆れたように、でも安心したように昌志を見ていた。
そのあと、四人で少しだけ話をした。
学校のこと。
商店街のこと。
美月に頼まれた文房具のこと。
加藤さんが、瑞美のノート選びにどれだけ時間がかかるかを話し、瑞美がそれを真面目に訂正した。
昌志は、なるべく普通に相槌を打った。
さっきまでよりは、少し息がしやすくなっていた。
ただ、黒い本の文章は、まだ頭の片隅に残っている。
探していたものに少し近づく。
昌志は、何に近づいたのだろう。
日記帳でも、予定帳でもない黒い本。
駅前の商店街という場所。
瑞美と加藤さん。
圭佑。
どれが黒い本の言う「探していたもの」なのか、まだ分からなかった。
会計の時、瑞美は本当にきっちり割り勘にした。
圭佑が「今日は俺が出しますよ」と言っても、瑞美は首を横に振った。
「最初に言いました」
「いや、でも」
「割り勘です」
「……はい」
圭佑が負けた。
加藤さんがまた笑った。
「みつみんにそこは勝てないですよ」
「みたいですね」
店を出ると、夕方の商店街は少しだけ人が増えていた。
圭佑は美月に頼まれた文房具を買うため、もう一度文房具屋に寄ると言った。
瑞美と加藤さんは、駅の方へ向かうらしい。
「では、私たちはここで」
瑞美が丁寧に頭を下げた。
「また」
「はい。また」
加藤さんも手を振った。
「じゃあね、岐阜さん。相沢さんも」
「はい」
圭佑が返す。
昌志も軽く手を上げた。
二人が駅の方へ歩いていく。
その背中を見送りながら、圭佑はポケットの中のメモにそっと触れた。
予想外だった。
まさか、こんなにうまくいくとは思っていなかった。
昌志を気晴らしに連れ出した。
たまたま瑞美さんと加藤さんに会った。
軽く話すつもりが、席まで一緒になった。
そして、瑞美さんの連絡先まで手に入った。
探していたものに、少し近づいた。
黒い本の文章を、昌志は自分のことだと思っているのかもしれない。
けれど、この時、圭佑は何も知らないまま、確かに自分が欲しかったものを手に入れていた。
「圭佑?」
昌志が声をかけると、圭佑はすぐにいつもの顔に戻った。
「何でもない」
「何でもないって顔じゃなかったけど」
「お前に言われたくねえよ」
「何だそれ」
「そのまんまだ」
圭佑は笑って、文房具屋の方へ歩き出した。
「行くぞ。美月の買い物、まだ終わってない」
「まだ行くのか」
「ここまで来たんだから行くだろ」
昌志は少しだけため息をついて、その後を追った。
駅前の商店街。
親友の寄り道。
探していたもの。
その意味を、昌志はまだ知らない。
ただ、黒い本に書かれた一日は、少しずつ別の形で進んでいた。




