第1話 駅前の福引で一等を引いた日
四月十七日。
朝、目を覚ますと、昨日買った黒い本が机の上に置いてあった。
昨夜読んだ文章が、まだ頭に残っている。
――この本を買って、開いたことが、僕の人生で最初にして最大の間違いだった。
「……最大の間違い、ね」
ベッドから起き上がり、机の前に座る。
昌志は黒い本を手に取った。
昨日の続きが気になっていた。
本を開く。
ページをめくると、そこには目次のようなものが並んでいた。
四月十六日 初めて古本屋で本を買った日
四月十七日 駅前の福引で一等を引いた日
四月十七日 雨で滑って転んだ日
四月二十日 落とし物を届けて礼を受け取った日
四月二十一日 財布をなくした日
四月二十八日 知らない女に声をかけられた日
五月二日 僕が初めて、この本を捨てようとした日
「……なんだ、これ」
昨日のことだけじゃない。
今日。
明日。
それどころか、五月のことまで書いてある。
昌志はもう一度、最初から目で追った。
そして、今日の日付で手が止まった。
四月十七日。
駅前の福引で一等を引いた日。
「福引?」
そういえば、駅前の商店街で福引をやっていた。
昌志はそのページを開いた。
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――四月十七日。
僕はこの日、
駅前の商店街で福引を引いた。
一等だった。
商品券一万円分。
それが、
この本を信じるきっかけになった。
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「一万円……」
高校生にとって、一万円は大きい。
本当に当たるなら、かなりありがたい。
けれど、同じ四月十七日には、もう一つ書かれている。
雨で滑って転んだ日。
昌志はそちらも開いた。
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――四月十七日。
その帰り道、
僕は雨で濡れた階段を踏み外した。
膝を強く打った。
あの時は、
ただ少し運が悪かっただけだと思っていた。
幸運と不幸が、
同じ日に置かれていることに、
僕はまだ気づいていなかった。
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「……なんだよ、それ」
一等が当たる。
その帰りに転ぶ。
どちらも今日起きることらしい。
昌志はしばらく本を見つめた。
でも、考えてみれば簡単な話だった。
良いことは、その通りにする。
悪いことは、書いてあるなら避ければいい。
福引は引く。
雨で濡れた階段には気をつける。
それで済む。
「本当なら、だけどな」
昌志は黒い本を閉じた。
まだ信じたわけじゃない。
昨日のことだって、どういう仕掛けなのか分からない。
でも、本当に今日、一等が当たるなら。
少しだけ試してみてもいい。
昌志は制服に着替え、部屋を出た。
***
一階へ下りると、妹の司が先に朝飯を食べていた。
昌志を見るなり、司が口を開く。
「お兄ちゃん、遅い」
「まだ遅刻する時間じゃないだろ」
「朝ご飯の話」
「食うよ」
「だったら早く座れば?」
「今座ろうとしてるだろ」
「言われてからね」
「朝から細かいな」
「お兄ちゃんが適当なんでしょ」
昌志は司の向かいに座った。
いつもの朝だ。
司は昌志の顔を少し見てから、首を傾げた。
「何?」
「いや」
「何だよ」
「なんか今日、ぼーっとしてない?」
「してない」
「してる」
「してないって」
「じゃあいいけど」
そう言って、司はまた朝飯を食べ始めた。
昌志も箸を取る。
もちろん、黒い本のことを話すつもりはなかった。
福引で一等が当たる。
まだ自分でも信じていない話を、妹に説明できるはずもない。
「行ってきます」
朝飯を済ませ、昌志は家を出た。
***
学校に着いてからも、頭の片隅には黒い本のことが残っていた。
本当に一等が当たるのか。
何度考えても、そんな都合のいい話があるとは思えない。
それでも気になる。
昼休み。
昌志はパンと飲み物を買った。
会計を済ませたあと、レシートを見る。
駅前の商店街の福引は、たしか五百円分の買い物でもらったもので一回だったはずだ。
「……これ、使えるのかな」
分からない。
でも、捨てずに取っておくことにした。
当たらなかったら、それまでだ。
黒い本がただの変な本だったと分かる。
その方が、むしろ安心できるかもしれない。
けれど。
もし、本当に当たったら。
そう思うと、放課後になるのが少しだけ楽しみになっていた。
***
放課後、昌志はまっすぐ駅前へ向かった。
商店街には赤い旗が並んでいる。
福引の会場もすぐに見つかった。
机の上には、見慣れた抽選器。
横には景品が並んでいた。
一等。
商品券一万円分。
「……本当にある」
黒い本に書かれていた通りだった。
昌志は昼に取っておいたレシートを出した。
「これ、使えますか?」
係の人がレシートを見る。
「ああ、大丈夫ですよ。一回引けます」
一回。
たった一回だ。
昌志は抽選器の前に立った。
取っ手を握る。
本当に一等が出るのか。
そんなわけない。
そう思いながら、ゆっくり回した。
カラカラと音がする。
そして。
ころん。
一つの玉が転がった。
金色だった。
「おめでとうございます! 一等です!」
「……え?」
鐘が鳴った。
商店街に大きな音が響く。
本当に。
一等だった。
係の人から商品券を受け取る。
一万円分。
昌志はその場で何度も商品券を見た。
間違いない。
夢でもない。
黒い本に書いてあった通りだ。
駅前の商店街。
福引。
一等。
商品券一万円分。
全部、そのまま起きた。
昌志は商品券を持ったまま、しばらく動けなかった。
偶然。
そう言ってしまえば、それまでだ。
でも。
昨日の古本屋のこと。
昌志の名前。
そして、今日の福引。
偶然で片づけるには、少し出来すぎていた。
昌志は鞄の中に入っている黒い本を思い出した。
使える。
この本は、使える。
何が『間違い』だ。
そう思ってしまった。




