閑話休題 ぼくの居場所
いちばん古い記憶は、逃げる大人を力づくで押さえつけるシーン。
牧場では、「調教師」のいうことをよく聞くものが評価され、聞かないものはしつけを受けていた。
そこでのぼくの名前は、98880番。
呼び方は「きゅうはちはちはちぜろ番」。少し長くて、調教師も呼びづらそうにしていた。けれど、この呼び方以外で呼んだ調教師は、別の調教師からしつけを受けていた。
周りのみんなは、数字が大きくなったり小さくなったりするだけで、そこまで変わらなかった。
体が成長するにつれて、自分よりも大きい数字の人ばかりになっていったけれど。
調教師はよく言った。
――お前たちの役目は、よいご主人様に会って、尽くすことだ。それだけだ、と。
みんな、そのためのレッスンを受けていた。いろいろなレッスン。
ぼくは、体が強かったからか、逃亡した家畜を捕らえる役目だった。
ある時、調教師が言った。
――こういうやつは、うぶなままにした方が値が付く。
その意味は、今も分からない。
でも、ほかのみんなとはまったく違うレッスンを受けていることだけは分かった。
捕まえた家畜たちは、みんなぼくのことをひどく言った。
ひどいやつだ、と。あいつらの手先だ、と。
よく分からなかった。
ただ、命令されたように動いて、命令されていないときは絶対に勝手なことはしない。
だって、勝手なことをしたら――大変なことになってしまうから。
ある日、調教師が笑いながら言った。
――お前も出荷の日だ。
船に乗って、陸路を進んで、狭いけれど数人しか乗っていない馬車の中に、しばらく揺られていた。
そのとき。
悲鳴が、静寂を切り裂いた。
どたどたどた、と慌ただしい音。
――火は使うな!
――魔法もだめだ!
――商品に傷が付く!
怒鳴り声があちこちから聞こえてきた。
でも、誰も命令をしてくれなかった。
出ていいの?
どこに行けばいいの?
分からなかった。
だから、馬車の隙間から逃げて、走った。
誰も教えてくれなかったから。
走った。
道の先を行けば、理想のご主人様に出会える――その言葉だけを頼りに。
自分の理想なんて、持ったことすらなかったのに。
ぼくの居場所は、どこ?
無我夢中で走って、走って、走って。
どこまで行っても、何も見えてこない。
――前方に、誰かがいる。
声をかけられた。
「もし……」
ぼくは、どうしたらいいのか――とにかく教えてほしかった。




