振り向けば……(恐怖)
ステイルは語り始めた。
正式に戒厳令が発布される前、ステイルは割と真面目に情報収集をしていた。
そして、その最中。
たまたま。
本当に、たまたま偶然。
とんでもなくヤバい情報を手に入れてしまったのだ。
それも、彼にしては珍しく、非常に確度の高い情報だった。
ステイルは焦った。
とにもかくにも、このヤベぇ国から脱出しなければならない。
詳しい内容を殿下へ伝えるのは、国を出てからにしよう。そうしよう。
そう考えた彼は、万が一に備え、いつものように思わせぶりな情報だけを殿下へ送り、急いで脱出を試みたのだ。
頼りにできると踏んでいたトッドは、王家とのつながりを主張したにもかかわらず、ステイルをまったく信用せず、相手にもしてくれなかった。
仕方なく。
そう、仕方なく。
彼は関所の人間に金を積み、
「信用できそうな身分証を持った人間が来たら、教えてほしい」
と頼んでいたのだ。
そして、ついに。
ほどほどの規模の町が発行した身分証を持つ者が現れた、との知らせが入った。
すでに追い詰められていたステイルは、身分証を盗むという暴挙に出たのである。
驚くほど、それはうまくいってしまった。
だが、トッドのお膝元で身分証を盗むことが、どれほど危険な行為かはステイルも理解している。
そのうえ、関所を越えるには時間がかかる。
そこでステイルは、反対方向にあるバルフォルニアへ向かい、国外逃亡を企てた。
これも途中までは、本当に順調だったのだ。
――途中までは。
早馬を飛ばし、以前一度立ち寄ったことのある街で、馬の交換と物資の調達をしようとした。
ところが、街へ近づいたところで、突然ゴブリンの群れに囲まれてしまった。
ステイルは這う這うの体で逃げ出し、どうにかこの廃村まで戻ってきたのだった。
廃屋の壁に背を預ける。
逃げる途中で馬も見捨ててしまった。
これからどうしよう。
そう考えながら、うなだれていると――
突然、何かが左耳をかすめた。
ドスッ!
背後の木へ、何かが突き刺さる音がした。
次の瞬間、左耳に鋭い痛みが走る。
「いっ……!」
思わず手を伸ばすと、耳の外側が鋭く切り裂かれ、血が流れていた。
何が起きたのか分からず、ステイルは音のした背後を振り返った。
廃屋の柱に、何か小さなものが埋まっている。
ステイルは指先を使い、苦労しながらそれを取り出した。
それは――
どんぐりだった。
ただの、どんぐりだった。
「なんで、こんなものが……?」
疑問を浮かべた、そのとき。
不意に、背中へ視線を感じた。
ステイルは動きを止める。
誰かがいる。
すぐ後ろに。
ゆっくりと。
恐る恐る、振り向く。
そこには、一人の人――いや、鬼が立っていた。
鬼はステイルを見下ろしている。
目が合った瞬間、その鬼は、にんまりと笑みを浮かべた。
ステイルは腰を抜かした。
そのまま、あっさりと捕まってしまったのである。
「殿下~! 私はそいつらに、こんなひどい目に遭わされたんですよぉ~!」
ステイルは泣きながらマーカスへすがりつき、慈悲を乞い始めた。
その様子を冷徹な目で見下ろしていたマーカスは、ただ一言、
「そいつらは、お前が盗んだ身分証の持ち主だったというだけではないのか?」
そう尋ねた。
するとステイルは、すぐに泣きまねをやめた。
舌をぺろりと出し、
「あ、やっぱりばれちゃいました?」
へへっ、と笑いながら頭をかく。
「エキドナ。煙管を貸してほしい」
マーカスは静かに告げた。
「こいつには、少し痛い目に遭ってもらわなければならないようだ」
マーカスの横で話を聞いていた、エキドナと呼ばれた女は、指先に小さな火をともした。
そして、その火へ煙管をくべる。
十分に熱され、真っ赤になった煙管を、エキドナはマーカスへ手渡した。
「どうぞ、殿下~」
ステイルの顔から、笑みが消えた。




