閑話休題 獣の勘
「それにしても、獣人なんて久しぶりに見たぜ。故郷じゃちょくちょくいたが、こっちじゃ全然会わねぇな」
叩かれた場所をさすりながら、酒呑童子がつぶやく。
「そうなの? ああ、でも確かに私も初めて会ったか」
イサメが答えると、
「ご主人様! 無学な酒呑童子と違って、僕はちゃんと勉強してますからね! 説明します!」
えっへん、と胸を張ったレンが、意気揚々と語り始めた。
獣人は別名――「信仰の守り手」という誉れ高い称号を与えられた種族である。
一方で、「裏切り者」という烙印を押された種族でもあった。
女神が始めた統一戦争の際、当初、女神に対抗する異種族連合へ属していた獣人たちは、戦争末期、連合軍の敗北が濃厚になると、連合軍を裏切り、女神側へ寝返った。
獣人の裏切りをきっかけに、連合軍は分裂。
女神は無事、勝利を収めた。
その功績を称え、女神は獣人たちへ、同じ神を信仰する者たちを守るため立ち上がり、これからも守り続ける者として――
「信仰の守り手」
という名誉ある称号を与えた。
だが、その称号は祝福であると同時に、呪いでもあった。
勝者からは、
「勝ち馬に乗り換えた者が何をずうずうしい」
と蔑まれ、
敗者からは、
「裏切り者」
という烙印を未来永劫背負わされる。
その名誉が女神からの祝福だったのか。
それとも、裏切りを永遠に戒め続けるための呪いだったのか。
それは誰にも分からない。
ただ一つだけ分かっていることがある。
その名誉は、獣人たちをひどく生きづらくさせたということだけだった。
「無学で悪かったなぁ」
酒呑童子がぼやくが、レンはまったく気にしない。
「まあ、連合軍側に獣人によく似た種族がいたことが、より裏切りの印象を強くしたんでしょうね。
そんなこんなで、生きづらくなった獣人たちは、遠く海の向こう、西の大陸へ渡り、自分たちだけの国を築いたと言われています。 いつか一緒に行きましょうね~ご主人様!」
「海を越えてかぁ~。いつになったらそんなことできるかねぇ。ねぇ、ルイぴっぴ?」
そう問いかけると、
「ジャーキー……鹿せんべ~……かつおぶし……」
ルイぴっぴは、いつかまた獣人に出会ったときのために、何を用意しておけばいいか真剣に考えていた。
「よかったんですかい? あんなに情報を渡しちまって。
下手にばれたら……」
ガンテツが心配そうに尋ねる。
「なぁに? あたしが間違うって言いたいの?」
トッドが少し不機嫌そうに返す。
「いや、そんなわけじゃ……。
ただ、ピッツァーと関わりがあるっていうのも、どうにも胡散臭くて……」
「大丈夫よぉ~。
あの子たちは、裏事情までは知らされてないみたいだったし。
少なくとも、あの盲人は腹芸得意そうじゃなかったし」
トッドは先ほどまで話していたイサメたちを思い返していた。
そうは見えなかったかもしれないが、実はトッドは会話の最中、ずっと気を張っていた。
その最大の理由は、イサメの腕に抱かれていた黒いうさぎ――ルイぴっぴだった。
こちらをじっと見つめる視線。
そこには、まるで猛獣に見定められているような、獣の本能めいた圧があった。
(もしこちらが一歩でも踏み外せば、あの小さな体で迷いなく飛びかかってくる)
そんな確信めいた恐怖があった。
こちらの隠し事を見抜かれているのではないか。
そんな緊張感が、会話の最中ずっと付きまとっていた。
だからこそ、自分らしくもなく、あそこまで相手へ譲歩してしまった。
だが同時に、確信もしていた。
あの一行は――ただ者ではない。
「ガンテツ」
トッドが静かに口を開く。
「あたしの獣の勘が言ってるの。
あの子たちは、きっと何かやってくれるって」
「……何か、ですかい?」
ガンテツは首をかしげる。
「ふふっ。
ねぇ、ガンテツ。
崩壊する国なら……
あたしたちみたいなもんでも、上、獲れる気がしない?」
獣の顔でそう微笑むトッドを見て、ガンテツは思わず冷や汗を流した。
(このお方も、やっぱりただ者じゃねぇ)
ガンテツは知っている。
トッドの"獣の勘"だけは、一度も外れたことがない。
……もっとも。
ルイぴっぴがトッドを熱心に見つめていた理由だけは、その"獣の勘"でも見抜けなかったようだ。
幸いなことに、本人がその理由を知ることは最後までなかった。
たぶん。




