よく考えると……
「町はずれの馬貸し屋に、怪しい男が来たみたいなの。
なんで怪しいかっていうとね、その子、数か月前にもここへ来てたの。それでぇ~、最近また戻ってきて、すぐ出てったの。 怪しくなぁ~い?」
トッドの言葉に続いて、ガンテツも口を開く。
「そいつは最初にこの町へ来たとき、自分はスリだって名乗って、ボスに挨拶へ来た。
何しに来たかまでは聞かなかったが、すぐ町を出て行った。おそらく、公都へ向かったんだろうな。
それが戻ってくるなり、『スカイリアへ入るのを手伝ってほしい』と言ってきた。
もちろん断ったが、相当焦ってる様子だった。切羽詰まってたってのは、間違いねぇ」
「それで、おじきから身分証を盗んで、なんでまた町を出てくんだよ」
酒呑童子が疑問を口にする。
「そりゃあ、身分証があったところで、スカイリアへ入るには結局数か月待ちってあとから分かったんじゃなぁい? だから、バルフォルニア側から出ようとしたとか。
あっちは今、人が少ないから、すぐ出られるわよぉ。
まあでも、相当なリスクを冒してまで出ていきたい理由があったみたいねぇ」
そう言うと、トッドは懐から一枚の紙を取り出し、酒呑童子へ差し出した。
「これ、あげる。
これを見せれば、あたしと"関係"があるってみんな分かるから、よくしてくれるわ。
特別よ」
ついでにウインクまで飛ばしてくる。
酒呑童子は露骨に嫌そうな顔をしながら、それを受け取った。
今ある手掛かりは、その怪しい男だけ。
男の特徴やティアーノ公国の情報を一通り聞き終えると、
「国境を越えられたら追えなくなる。急ごう」
イサメたちは酒場をあとにした。
「ごしゅ~。ルイぴっぴ、やっぱりせんべ~あげたかった」
酒場を出てもなお、ルイぴっぴはぶつぶつ文句を言っている。
周りに人がいなくなったので、イサメもようやく普通に返事をした。
「ダメだよ、ルイぴっぴ。
いくら鹿さんに似てるからって、本物の鹿じゃないんだから。勝手にせんべいあげちゃダメ。分かった?」
すると横から、
「あぁ~? 何言ってんだ、おじき。
ありゃ、どっからどう見ても鹿だろ」
酒呑童子が当然のように口を挟んできた。
「……へ?」
何を言っているんだろう、とイサメが首をかしげていると、
すかさずレンが酒呑童子の頭をはたいた。
「ご主人様。
トッドさんは鹿の獣人だったんです。
少なくとも見た目は、本当に鹿そのものでしたよ」
レンが補足する。
獣人
よくファンタジー作品に出てくる獣人というと、人の顔に犬や猫の耳や尻尾が生えた姿を思い浮かべるかもしれない。
だが、この世界の獣人は違う。
顔は完全に獣である。
鹿なら鹿。
犬なら犬。
人間の体に、本物の動物の顔が付いているのである。
つまり――
あの場でトッドを人間だと思っていたのは、イサメただ一人だった。
イサメはハッとすると、その場へ両手と膝をついた。
「ごめんよ、ルイぴっぴ!
私はてっきり、鹿にそっくりな人だから、そんなこと言ってるんだと思って……。
ごめんよぉ~!」
懺悔するイサメの手のひらへ、
ルイぴっぴはそっと肉球を重ねた。
「いんだよ、ごしゅ!
ごしゅのことは、何があってもルイぴっぴ許すよ!
……てことで、鹿せんべ~あげにいってい~い?」
元気いっぱいに聞いてきたので、
「ダメ!」
イサメは即答した。
「よくよく考えたら、それはそれで、もっと失礼なことしようとしてる気がしてきたから! ダメ!」
「むわぁぁぁ……」
今度はルイぴっぴが、がーんという効果音が聞こえてきそうなくらい肩を落とし、地面へ両手をついて落ち込むのだった。




