暗黙の掟
ルイぴっぴがとんでもなく失礼なことを言っているので、イサメは内心ひやひやしていた。
勝手にせんべいをあげようと腕から抜け出さないよう、ぎゅっと抱きしめていると、
「あなたがトップなのかしら?」
相変わらず野太い乙女ボイスで尋ねられる。
「はい。イサメと申します。うちの酒呑童子がお店を荒らしてしまい、申し訳ありません」
「いいのよぉ~。聞いた話じゃ、うちが先に手ぇ出したみたいだし。
改めまして、あたしはトッド。よろしくねぇ。後ろの人たちも……うふっ」
妙に色っぽい声(でも野太い)で挨拶してくる。
「ごしゅ、この鹿、発情期かな~? 飼うと危険かな~? 飼ってい~い?」
ルイぴっぴがまたも失礼なことを言い出した。
幸い、ルイぴっぴの言葉が分かるのはイサメだけだ。
(ダメに決まってるでしょ!)
という気持ちを込めて、もう一度ぎゅっと抱きしめる。
すると強く抱かれたのがうれしいのか、
「むわ~」
と上機嫌な声を漏らした。
そのとき、
「失礼。僕は使用人のレンと申します。主は目が不自由なのです」
突然、レンが口を開いた。
(はて? なんでそんなことを?)
と思っていると、
「あら、ごめんなさいねぇ~。
私とは握手できない系の人なのかと思っちゃった」
イサメは一瞬で理解した。
(しまった。握手を求められていたのか。)
「いやはや、失礼いたしました」
慌てて頭を下げる。
「いいのよぉ~。 さ、お話し合い、しましょ!」
トッドは気にした様子もなく笑い、ソファへ案内してくれた。
トッドとガンテツが向かい側。
イサメたちは三人掛けのソファへ腰を下ろす。
「せんべい、せんべい」と騒ぐルイぴっぴを抱きしめながら、話し合いが始まった。
「なるほどねぇ~。
それで、うちへ来たわけなのねぇ~」
トッドが納得したようにうなずく。
「つーわけでぇ、責任取って身分証探しやってくれや」
酒呑童子が話を引き継いだ。
その瞬間、
ドンッ!
ガンテツが両者の間にある机を叩いた。
「おいガキ! ボスにその態度たぁ、どういう了見だ!」
この場には双方の親分がいる。
本来なら話をするのは、イサメとトッド。
酒呑童子が前へ出るのは筋違いだった。
親分の面子を守るため、ガンテツが声を荒らげたのだ。
しかし、
「いいのよぉ、ガンテツ。
あなた、童子ちゃんっていうのねぇ……」
トッドは酒呑童子を見つめながら、あっさり止めてしまった。
その目は恋する乙女――
というより、獲物を狙う肉食獣そのものだった。
着物の隙間からのぞく筋肉と刺青を、うっとりと眺めている。
「俺は、自分よりでけぇやつ抱く趣味はねぇ」
なんて失礼なことを言う。
イサメが慌ててたしなめようとすると、
「いやぁ~ん いいわぁ~。
やっぱり童子ちゃんからは、いい男のスメルがプンプンするわぁ~」
トッドはテンションMAX。
「でも、私より大きい人に出会うのって難しいのよぉ~」
と、いじらしい声を漏らす。
その横で、
「……ボス。話がそれてます」
ガンテツが心底疲れ切った声でつぶやいた。
「あら、そうね。 本題だけど――身分証を盗ったのは、うちの子じゃないわよ」
急に真面目な声色になったトッドが言う。
「言い切れる根拠は?」
酒呑童子も即座に切り返した。
「あらぁ~。
童子ちゃんなら、すぐ分かるんじゃない?
この町が、どういう場所か」
トッドは静かに語り始めた。
このトッド・タウンはティアーノ公国内に存在している。
だが実質的には、スカイリア王国の影響下にある町だった。
国境を越える旅人相手の商売。
そして、スカイリアへの情報収集。
それが、この町の存在意義である。
もっとも、関所の兵士だけで町を管理することはできない。
人数も足りなければ、町の裏事情にも精通していない。
だからこそ、トッドたちのような裏社会の人間が必要になる。
多少の窃盗や暴行には目をつぶる代わりに、この町の裏側を任されているのだ。
その代わり、絶対に越えてはならない一線がある。
殺人。そして、この世界で何より重要な身分証の窃盗。
それだけは絶対に許されない。
もし見逃したとなれば、スカイリアとの信頼関係は崩れる。
つまり、自分たちの立場そのものが終わる。
だからファミリーはもちろん、町のならず者たちにも、その掟だけは徹底させている。
だからこそ、
「うちの部下じゃないってことだけは、自信を持って言えるわ」
トッドはそう締めくくった。
「信用できるか、んな話」
酒呑童子が一刀両断に切り捨てる。
するとトッドは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出し、
「ああん!
そう言うと思ってた!
だからぁ~、とっておきのこと教えてあ・げ・る」
語尾にハートマークが付きそうな声で、意味深に笑った。




