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鹿にせんべい

「てめぇ、うちがトッドファミリーって分かってやってんだろうな!」

 どすの利いた声とともに、大きなサーベルを振りかざした男が酒呑童子へ襲いかかった。

 それを避けることもなく、酒呑童子は男の顔面を鷲づかみにすると、そのまま床へ叩きつける。

 どごん!

 床が大きくへこんだ。

「俺の質問に答えろや。礼儀のなってねぇ奴らだな」

 いら立った視線を店内へ向けると、屈強な男たちも思わず息をのみ、誰一人声を上げられなくなった。

「……なんだ、そのガキは?」

 突然、渋い声が店内へ響いた。

 その場にいた全員が二階を見上げる。

 そこには、酒呑童子にも負けない体格をした、ひげ面の大男が腕を組んで立っていた。

「ガンテツさん! こいつ、急に『トッドさんいるか』とか言って突っ込んできたんですよ!」

 下っ端たちが口々に訴える。

(話ができそうなやつが出てきたな)

 酒呑童子はそう思った。

「俺は酒呑童子。てめぇんとこのガキが、うちのに手ぇ出してきたんで、責任取ってもらいに来たのよ」

 ガンテツは、バーカウンターへ突き刺さるように倒れている男へ目をやった。

 一瞬だけ眉をつり上げたが、すぐ表情を戻す。

「少し待ってろ。これ以上騒ぎを大きくしないでくれ」

「そりゃ待ち時間によるな。うちのおじきは短気だからよ」

 酒呑童子の返しを聞き流し、ガンテツは姿を消した。

 数分後。

 再び姿を現したガンテツが静かに告げる。

「ボスがお会いになる。上がってこい」

 それを聞くと酒呑童子はくるりと振り返り、

「おじきー! 会うってよ!」

 と入口へ向かって大声で叫んだ。

 酒場中の視線が、一斉に入口へ集まる。

 入ってきたのは、整った顔立ちの青年だった。

 なぜか上半身は裸。

 全員が、

(……こいつがおじき?)

 と思った、その瞬間。

 青年の肩へ添えられた細い指先が見えた。

 その陰から、仮面を付けた人物がひょこっと顔を出す。

「どうも!」

 それだけ言うと、また青年の後ろへ隠れてしまった。

 ちなみに、ひょっこり顔を出した瞬間、黒いうさぎまで一緒にひょこっと顔を出していた。

 ……まあ、与太話である。

 見えないから階段を上がれないと言うイサメを、酒呑童子が面倒くさそうに横抱きにして二階まで運ぶ。

 ようやく部屋の前までたどり着くと、

「誰が先に入る?」

 という話し合いになり、

 消去法でイサメが先頭になってしまった。

(ヤカラと向き合ったことなんてないんだけど……)

 そう思いながら、ルイぴっぴを胸の前で抱える。

 いざとなれば前面へ突き出す――

 秘儀・ルイぴっぴガードである。

 恐る恐る部屋へ足を踏み入れると、

 一番最初に声を上げたのは、意外にもルイぴっぴだった。

「ごしゅ! 鹿! 鹿さんがいる! せんべ~あげてい~い!?」

 興奮した声が飛び出す。

(鹿? なんで鹿?)

(部屋で飼ってるの?)

 疑問だらけになりながらも、イサメはルイぴっぴを顔の近くまで持ち上げる。

「ダメ。勝手にご飯あげちゃいけません」

 するとルイぴっぴは、

「む~~!」

 と、なおも興奮冷めやらぬ様子だった。

 そのとき。

 前方から、

 どす、どす、どす……

 と重たい足音が近づいてくる。

「あらぁ~、かわいいウサギさんねぇ~。なんか興奮してるけど、あたしにシナジー感じちゃったのかしらぁ~」

 聞こえてきたのは、野太い乙女ボイスだった。

「ごしゅ! この鹿さん、歩いてしゃべってる! せんべ~あげてい~い!?」

 どうしてもせんべいをあげたいルイぴっぴを、イサメはぎゅっと抱きしめる。

 そして、すべてを理解した。

(ルイぴっぴ、この人を鹿だと思ってる!)

(……つまり、ものすごく鹿みたいな顔をした人なんだ。)


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