蛇の道は蛇
そういえば忘れていた、とイサメは、必死にレン君へ謝っている男の声がするほうへ顔を向けた。
「あなたに聞きたいことがあるんだけれど」
そう問いかけると、突然の質問にとっさに答えられなかった男の脇腹を、レン君が思い切り殴った。
「ご主人様がご質問されてるんだから、『喜んで回答させていただきます!』くらい言わないか!」
などと大変理不尽な怒りをぶつけられていたが、ぐふぐふとうめきながらも、男は律儀にレン君に言われた言葉をそのまま復唱した。
「よ、喜んで回答させていただきます!」
「あ、えーっと……あなた……まあいいか。悪党Aさんは本当にトッドさんのこと知ってるの? それともう一つ、あの石はどういうもので、どうやって手に入れたの?」
殴られる恐怖から、男は「悪党A」が自分の呼び名になったことを瞬時に受け入れると、
「はい。私はトッドファミリーに属しております。石は数か月前に拾ったものです」
と答えた。
石の能力は、およそ三時間ほど相手に催眠をかけられるというもの。
ただし、一度効果が切れると、その相手には二度と催眠が効かなくなる。
さらに、石そのものへ相当の魔力を込める必要があるため、そう何度も使える代物ではないらしい。
「よくそんなもので犯罪しようと思ったね、あなたたちも」
イサメが驚いて言うと、
「まあ、たいていお楽しみが終わるころには、みんな事切れるんですわ」
へへっと、その時のことを思い出して、思わずといった風に笑い声を漏らしたときだった。
イサメは珍しく悪党Aへ殴りかかろうと拳を振り上げていた。
「このっ! お前みたいなやつのせいで、いったいどれだけの人が泣いていると思ってるんだ!」
「手ぇ痛めるぞ」
酒呑童子が後ろから抱え止め、殴るのを阻止する。
代わりとばかりに、ルイぴっぴが悪党Aを再びぼこぼこにしていた。
「トッドってやつぁ、その石のこと知ってんのか?」
酒呑童子の問いに、男はほとんど死人のような顔をしながら、絞り出すように答えた。
「もちろんです。トッドさんにも石のことは伝えてあります。それに、トッドさんは自分には催眠が効かないことも確かめていました。ただ、『やりすぎるな』とだけ……」
そこまで聞くと、酒呑童子は我が意を得たりとばかりに、凶悪な笑みを浮かべた。
「おじきぃ。身分証取り返す、い~い方法思いついたぜぇ~」
そう言うと悪党Aを持ち上げ、ファミリーの拠点まで案内させるのだった。
「どうして、こう悪党っていう人たちは酒場にたむろすんのかね」
町一番のバーの前で、一行は立ち止まっていた。
「で? これからどうするの?」
イサメが横にいる酒呑童子へ尋ねる。
「トッドのやつに身分証の場所を聞くんだよ。ついでにピッツァーの話もできて、一石二鳥じゃねぇか」
「トッドさん、身分証の件は関係ないでしょ!」
「おじきぃ~。スリも立派な生業だぜ。元締めの許可なくちゃ出来ねぇのよ。だから、うちのもんに手ぇ出したけじめ付けさせんの」
つまり、レン君へしたセクハラの代償として、身分証探しをさせようと考えているらしい。
言っていることは分からなくもないが、若干難癖を付けているようにも聞こえる。
(う~ん……)
悩む。
だが一方で、セクハラは事実だしなぁ、と数分考えた末、
「酒呑童子! 君に決めた!」
自分では解決できないため、結局丸投げすることにした。
ただし、レン君の背中に隠れながら。
イサメから許可が出ると、酒呑童子は意気揚々と悪党Aを酒場の入り口へ思い切り投げつけた。
「ぎゃあああっ!」
悲鳴とともに、悪党Aは入り口正面のバーカウンターへ激突し、
どがーーーん!
と盛大な音が響き渡る。
「ええー! もうちょっと穏便に、穏便にできなかったの!?」
イサメが叫ぶと、
「あんな物騒なもん持った奴らを野放しにしてるやつが、まともに話なんて出来ねぇだろ。蛇の道は蛇ってな。まあ俺に任せとけ」
酒呑童子は自信たっぷりに言う。
(……確かに、そうなのかもしれない)
そう思う自分もいて、イサメはそれ以上何も言わなかった。
酒呑童子は一人、ざわつく酒場へ入っていく。
鉄棍棒を床へ叩きつけ、
「トッドさん、いるぅ~?」
破壊の権化のような笑みを浮かべながら、そう呼びかけた。
その一言で、酒場の喧騒は嘘のように静まり返った。




