救世主、現る。
「誰だ貴様は!? こいつらの仲間なら、貴様も牢獄に連れて行くぞ!」
アンビシオンが、突然現れた深くフードをかぶった怪しい人物へ鋭い声を飛ばした。
だが、その者は答えない。
ただスタスタとイサメたちの方へ歩み寄り、その真横で立ち止まる。
「聞こえなかったか。この者たちは嘘をついていない、と言ったんだが」
心地よいテノールの声が響いた。
「どこの誰ともわからない者の話など、聞けるわけがないだろう!」
アンビシオンが言い返す。
すると、その男はおもむろにフードへ手をかけた。
そして――外す。
美しいブロンドの髪。
深い海を思わせる蒼眼。
端正な顔立ち。
すらりと伸びた体躯。
まるで絵画から抜け出してきたような男だった。憲兵たちが一斉に息を呑む。
「まさか……マーカス殿下……」
アンビシオンが思わずつぶやいた。
「そんな……いや、なぜ……こんな片田舎に……」
声が震えている。
「ほ、本物なのか……? 本物であるはずが……」
そこまで言ったところで、
マーカス殿下と呼ばれた男は、ふっと笑みを浮かべた。
そして外套を脱ぎ捨てる。
続けて腰の剣を抜き、その姿を見せつけるように掲げた。
「そ、それは王家の剣!」
アンビシオンの声が裏返る。
「ほ、本物……!」
慌てて膝をつくアンビシオン。
「大変失礼をいたしました、マーカス殿下。
よもや、このような場所にいらっしゃるとは思わず……」
「よい」
マーカスは軽く手を振った。
「神出鬼没のぼんくら王子と、巷では呼ばれているらしいしな」
その言葉に、憲兵たちが顔を引きつらせる。
「アンビシオン隊長」
マーカスが真っ直ぐに相手を見る。
「この者たちは嘘をついていない」
その言葉に、アンビシオンがわずかに眉をひそめる。
「ゆえに、この場で罪人として扱う理由はない。むしろ話を聞き、協力を仰ぐべき相手だ」
「しかし、殿下!」
アンビシオンは食い下がった。
「まだ調べは終わっておりません。殿下のお言葉だけでは――」
ぐんっ。その場の空気が重くなった。
まるで見えない何かに押し潰されるような圧力。
「この私が、この者たちは嘘をついていないと言っているにもかかわらず」
静かな声だった。
だが、誰も逆らえるとは思えなかった。
「お前は、それを疑うのか?」
アンビシオンの顔が真っ青になる。
「い、いえ……そのようなことは……。殿下のお力のことは重々承知しておりますが……」
額から汗が流れ落ちた。
すると。
先ほどまでの圧力が嘘のように消えた。
マーカスは小さく息を吐き、笑みを浮かべる。
「うん」
柔らかな声だった。
「どんなものもきちんと疑う。職業的猜疑心というものだな」
そして頷く。
「それでこそ憲兵隊というものだ。素晴らしい」
一瞬。
褒められたことでアンビシオンの顔が明るくなった。
「だが」
その一言で再び空気が張り詰める。
「無辜の民を拘束することは許されるべきではない」
マーカスは静かに告げた。
「一方で、嘘をついていないことと、すべてが明らかになっていることは別の話だ。だからこうしよう」
一歩前へ出る。
「もう少し“ちゃんと”調べ直せ」
笑顔だった。だが有無を言わせない笑顔だった。
「そのうえで判断をしろ」
「承知を……いたしました」
アンビシオンはそう答えるので精一杯だった。




