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閑話休題 慟哭の夜

「それで、どうなったというんだ!? あの鬼人はちゃんと始末したのか!? なんで俺がいない間にこんなことになっている!!」

 カイファ子爵令息は、何度目かのため息をついた。

 目の前のこの小男は、会ったときからずっとこんな調子だった、と。


 この何もない街で魔瘴石が掘れたとき、親父は喜ぶよりも先に、炭鉱採掘を禁止することに頭を悩ませていた。

 俺は、金になるならいくらでも掘ればいいと言った。

 だが、その瞬間、親父にぶん殴られたのをよく覚えている。

「あの石は破滅をもたらすんだ。もし採掘がばれたら、爵位の返上ではすまんのだぞ! 二度とそんなことを言うな!」

 いつも、いつもそうだった。

 俺の言うことなんて、聞き入れてくれたことはなかった。

 だから、この小男が近づいてきたとき、俺はあっさりと手を組んだ。

 親父じゃなくても、俺だけでもやれると。

 そう思ったから。


「おいおい、落ち着けよ。あの鬼はちゃんと死んでるはずだ。ほとんど完成したんだろ、アレも。じゃあいいじゃないか」

 にやにやした子爵令息の顔を、小男は力任せにぶん殴った。

 こいつは、なにもわかっちゃいない。

 今の状況を、なにもわかっちゃいない!!


 それは突然だった。

 王都からの呼び出しを受け、ただでさえ少ない手勢を引き連れて行ってみれば、返ってきたのは「呼んでいない」の一言。

 不安に駆られ、急いで戻ってみれば、王都へ連れて行ったせいで空になっていた関所を越え、侵入者が来ている。

 それも、あれほど始末しろと言い含めておいた鬼人のところへ向かったという。

 追い打ちをかけるように、遠くからでも工場が止まったのがわかった。

 さらに、密偵たちの声が、次々と途絶えていく。

 すべてが。

 そう、すべてが、足元から崩れていくようだった。

「くそが!!」

 一発殴られたくらいで、ほえほえと伸びている子爵令息へ、さらに二、三発拳を叩き込む。

 そして、その口へ“試作品”を突っ込んだ。

 そうして、小男は急いで工場のほうへ走っていった。


 森の中を駆ける。

 駆けて、駆けて、ただ駆け抜ける。

 この事業に、一体どれだけの金を、資源を、時間を費やしたというのか。

 もう嫌だ。

 もう嫌だ。

 馬鹿にされるのだけは、もう嫌だ。

 だから――。

 あの馬鹿をおだてて、ここまでやってきたのに。

 どうして?

 なぜ?

 俺だけが、こんな目に?

 ちゅうちゅうっ!

「っ、お前たち! 今までどこに行ってた!?」

 密偵のネズミたちへ話しかければ、口々に状況を伝えてくる。

「そんな、ばかな……工場の物資が全部なくなった……だと。憲兵隊……ああ……」

 最後の声は、あきらめのような、魂が抜けていくような響きだった。

 小男は、ゆっくりと印を結ぶ。

 それは、特定の場所の“仕掛け”を発動させるもの。

 いざというときに備えて――。


 小男は、なによりもムカついていた。

 誰に?

 自分に。

 あのとき、子爵令息が鬼人を捕らえたとき。

 あの、にやついた笑みで、

「じわじわ弱っていくのを楽しむ」

 と言ったとき。

 さっさと殺せと命じなかったことを。

 自分の中に、

“この子爵令息の無様な優越を眺める”

 という優越を、確かに感じていたから。

 印を結び終えた瞬間。

 近くで、一つ。

 轟音と共に火花が上がった。

 少し遅れて、遠くでもう一つ轟音が響く。

 だが、小男にはどちらも聞こえていなかった。

 自分自身の叫び声で、なにも聞こえなかったから。


 その様子を、小高い崖の上から眺めている者がいた。

「ああっ、いい……! いつ見ても無様で滑稽。どんなにあがいても、なににもなれない」

 レディは、心底愉しそうに笑っていた。


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