月と星と夜と
むっ、むっ、むっ。
さっきから、ルイぴっぴが何やらしている音が聞こえる。
「何してんの、ルイぴっぴ?」
「きんとれ! もっとおっきくなるの!」
「えー、なんで? ルイぴっぴ、もう十分筋肉質よ。これ以上固くなって鋼鉄になったらどうするのさ。やだよそんなうさちゃん」
ガーン、とショックを受けたルイぴっぴは、その手に持っていた大岩を後ろへ放り投げてから、ぷいっと膝の上に乗ってきた。
「おめぇら、やっぱクソ野郎の仲間じゃなさそうだな」
酒呑童子がぼそりと言う。
そういえば事情を詳しく話していなかったと、イサメはここまでの経緯をかいつまんで説明した。
「なるほどねぇ……それでここに来たのか。あの霧のことはよく知らねぇが、工場をぶっ壊さねぇとどうにもならんだろうな。手伝ってやりてぇがなぁ……」
言い淀む。
(やっぱり何かあるな)
「じゃあさ、あなたの悩みを解決する代わりに、工場どうにかするの手伝ってって言ったら、手伝ってくれる?」
「そいつぁ、まあ……やぶさかじゃねぇが……」
言い終える前に、
「ごふっ……!」
苦しそうなうめき声。
「何事!?」
「うーん、血、吐いてますね、ご主人様。だいぶ体やられているみたいです」
レン君がのんきに答える。
「どうにかならないの?」
「うーん、体の内部なので、どうにも」
やる気のない回答。
「えーっと……どうしよう」
焦っていると、
「ごしゅ、助けてほしい~?」
待ってましたと言わんばかりの声。
「助けてほしい」
即答だった。
「しょうがないなあ」
もったいぶりながら、ルイぴっぴがぽっけから大きな本を取り出し、それをイサメの手に乗せる。
「いや、重っ……。なにこれ……」
ずしりとした感触に、思わず持ち直す。
指先で表面をなぞると、刻まれた文字があるのがわかった。
「……『月と星と夜の誓約』?」
「ご主人様、文字、読めるんですか?」
(あれま、本当だ……読める?いや、違う。頭に入ってくる感じだ)
「ごしゅ!ページめくって!ここ!ここ!」
ルイぴっぴが本を開き、どんどんページを進め、やがて手を止める。
「えーなになに、『一時の輝きにすべてをかけ、燃え尽きよ――エフェ・アストラ』」
なんだか少し恥ずかしい詠唱だなと思った瞬間――
ドンッ!!
爆発と爆風。
「ぎゃあああっ!!」
「うおおおっ!?」
酒呑童子とレン君の悲鳴がこだまする。
「やったぜごしゅ!」
ルイぴっぴだけが喜んでいる。
(あ、これ私がやったんだな……)
「おいっ!やっぱおめーら、俺を殺しに来やがったな!」
ぜえぜえと息を荒げながら、怒りの声を向けてくる酒呑童子。
「ああよかった、無事だったんだね」
「どこが無事だ!この野郎!危うく山から転げ落ちるところだったじゃねぇか!」
「落ちちゃえばよかったのに」
ルイぴっぴが小さく舌打ちして毒を吐く。
「こら、ルイぴっぴ!めったなこと言わないの!あと“助けて”って、苦しんでるから介錯してって意味じゃないからね!」
「ルイぴっぴ間違ってないよ。次のページ!次のページ!」
「また!?危ないやつじゃないのそれ……」
そう言いながらもページをめくる。
その間に――
酒呑童子がゆっくりと体勢を立て直していた。
棍棒を握り直し、足場を確かめるように踏みしめる。
いつでも飛び退けるように、わずかに重心を落とす。
視線は、まっすぐイサメへ。
「『月の光よ、痛みを溶かし、安らぎを与えよ――ルミナ・ルーナ』」
詠唱が響く。
酒呑童子が反射的に身構えた、その瞬間。
上空から、柔らかな光が降り注いだ。
月光のように、静かで優しい光。
警戒していた酒呑童子の体を包み込む。
緑色の斑点が、ゆっくりと薄れていく。
先ほどの爆発で受けた傷も、同時に塞がっていった。
(……なんだ、体が軽くなっていく……!)
酒呑童子が驚きの声を漏らす。
(何とかなったかな……?)
(よくわからない……)
(あれ……ルイぴっぴの声が遠くに……)
ふらりと体が揺れる。
イサメの体が前に倒れ――
地面にぶつかる直前。
レンがスライディングで滑り込む。
結果。
イサメの顔面は見事、レンの腹筋に着地したのだった。




