神経質な声
「一体、ここに何をしに来た!!!」
金切り声が響いた。
目の前の男は、目の下を濃い隈で縁取り、ぎょろついた目を忙しなく動かしながら、周囲を何度も見渡している。
何かに怯えている――そんな様子だった。
――こいつが、カイファー子爵令息。
その周囲には、うんざりした顔をした覆面を取った先ほどの兵士たちが数人。
子爵側と、こちら側、それぞれに控えている。
さて、どうするか。
ご主人様は何も言わない。
レンが視線を向けた、そのとき――
ふと、違和感に気づく。
(……あのウサギがいない?)
視線を巡らせる。
――いた。
妙に膨らんだ、ご主人様の胸元。
時折、もぞもぞと動いている。
どうやら、エレナの家でとっさに隠れ、そのまま潜り込んでいるらしい。
(……なるほど)
レンは何も言わず、視線を戻した。
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(こちょばいな……)
イサメは内心でこらえていた。
ルイぴっぴが胸元でもぞもぞ動くたびに、くすぐったい。
だが、声は出せない。
目の前からする神経質そうな男の金切り声に、どう答えるべきか考える。
(さて、どうしたものか……)
下手なことを言えば、エレナが危険にさらされるかもしれない。
少しの縁とはいえ、迷惑をかけるのは気が引ける。
ただでさえ、少し騙したような形になっているのだ。
(……ここは、正直にいくか)
「子爵令息。私はピッツァーさんの依頼で、最近よくない噂が立っている貴領の様子を見に来た。それだけですよ」
「ピッツァーだと……?」
男の顔がぴくりと歪む。
「そうか……あの男の差し金か……」
ぶつぶつと独り言を始める。
しばらく黙っていると、やがて、
「つまり……お前たちは、僕の助けになるために来たんだな?」
(そう来たか……)
イサメは一瞬考え、
「ええ、まあ」
とだけ答える。
すると、男の顔が歪んだ笑みを浮かべた。
「ちょうどいい! やってほしいことがあるんだ。なーに、ただのお使いさ」
――嫌な予感しかしない。
依頼内容は単純だった。
山の上にいる鬼に、弁当を届けろ。
(……どうせ、その弁当は私たち自身だとか、そういうオチだろうな)
いつルイぴっぴに助けてもらうべきかを考えながら、山を登らされていく。
(今日、まともに休んでないんだけどな……)
内心でぼやく。
とはいえ、鬼の正体には興味があった。
この流れ自体は、そこまで悪くない。
(機械じゃなさそうだし……生き物か?)
(レン君で対処できるかな……)
そんなことを考えていると――
どかっ。
ばきっ。
――ぐえっ。
背後から、鈍い音と悲鳴。
「ご主人様。後ろからナイフで刺されそうだったので、倒しておきました」
レンが淡々と告げる。
どうやら兵士の何人かが、隙を見て暗殺を仕掛けてきたらしい。
(……あーあ)
(わざわざ道中でやるってことは……鬼なんて、最初からいない可能性のほうが高いか?)
そう結論づけかけた、そのとき。
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「おい……この酒呑童子の縄張りに、断りもなく入ってくるたぁ……いい度胸じゃねぇか」
威勢のいい声が、山に響いた。
空気が変わる。
気配が、重くなる。
――いた。
「あっ、やっぱいたみたい」
つい、口を滑らせてしまった。




