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検察官を装って

「先ほどは、大変失礼なことをいたしました。それに、食べ物まで恵んでいただき……ありがとうございます」

 エレナと名乗った女性は、深々と頭を下げた。

「こちらこそ、びっくりさせてしまって」

 こちらも慌てて頭を下げる。

 そもそもイサメは、レンがまた全裸になっているとは思ってもいなかった。

 ゴブリン洞窟で炎の攻撃を受けた際、見事にエプロンは燃え尽きたらしい。

 ――なんでもっと早く言わない。

 小一時間は説教したい気分だった。

(先に服を買ってたよ……食料より優先して……)

 とはいえ、もうどうしようもない。

 お詫び代わりにパンをいくつか差し出し、この町の事情を聞くことにした。

________________________________________

「緑色の霧が出始めたのは、ここ数か月のことです。

 もともとこの土地は土壌が悪く、農業もままなりませんでした。

 唯一の産業が、町の近くにある炭鉱だったんです」

 エレナは、静かに語り始める。

「あるとき、そこから高く売れる鉱石が見つかりました。

 ですが、先代の子爵は、それを採掘することを禁じていたんです」

「なぜ? 高く売れるのに?」

「……分かりません」

 一度、目を伏せる。

「ただ、先代が急病で倒れたあと、跡を継いだ現子爵令息が、大規模な工場を作ると言い出して……炭鉱の近くに建設しました」

 少しずつ声が沈んでいく。

「男も女も、最初はみんな喜んで働きに行きました。給与も高かったですから。でも……途中から、おかしくなって……」

 言葉が途切れる。

 気まずい沈黙が流れた。

 やがて――

「あの……イサメ様は、もしかして……検察官様では?」

 その一言で、空気が変わった。

________________________________________

 検察官――

 この世界においては、各領地を視察し、国王へ報告を行う行政官。

 その報告次第では、貴族の地位すら剥奪されうる。

 それほどの権限を持つ存在。

 当然、腐敗もあるが――

 民衆からは、概ね“正義の味方”と認識されている。

________________________________________

 ――どうする。

 そうです、と言い切るのは危険すぎる。

 かといって否定すれば、情報はここで途切れる。

 少し考えて、

「……口には出せない決まりでして」

 そう答えてみる。

 肯定とも否定とも取れる言い方。

 判断は相手に委ねる。


 エレナは、はっと顔を上げた。

「やはり……!」

 確信したように言う。

「でしたら、すべてお話しします。

 工場の錬成部が稼働し始めて、ひと月ほどで異変が起きました。

 霧が出始め、長く触れた者は肌が変色し、やがて意識を失うようになったのです」

 拳を握る。

「当然、町の者は子爵のもとへ訴えに行きました。ですが……子爵は“鬼のせいだ”と繰り返すばかりで……」

(また新しいのが出てきたな……)

 イサメは思わず頭を抱えたくなる。

「鬼? どこからそんな話が?」

「工場が動き始めた頃です。山に鬼が住みつき、工場を止めれば町を壊すと脅してきた、と……」

「それで?」

「最初は誰も信じませんでした。でも、本当に鬼が現れて、家をいくつも壊したんです。

 それで……私たちは怖くなって、工場を止められなくなりました」

 声が震える。

「その結果……みんな、おかしくなっていきました。話せなくなって、ただ……うめくだけに……」

 エレナが泣き始める。

 それにつられるように、少女も泣き出した。

 ――そのとき。

 ドンドンドン!

 激しく戸が叩かれる。

「開けろ! 怪しい奴が入ったのは分かっている! 今すぐ開けろ!」

 低い男の声。

 エレナの体がびくりと震える。

 イサメは小声で、

「困っている旅人を連れてきただけ、と言ってください」

 そう伝えると、すぐに扉を開けるよう促した。

________________________________________

 扉が開いた瞬間。

 数人の兵士に取り囲まれる。

 全身を布で覆い、ゴーグルまで装着している。

 イサメはレンに、手を出さないよう念を押す。

 イサメ自身も両手を上げ、無抵抗を示す。

「領邸まで来てもらう」

 一方的に告げられ、背を押される。

 杖で地面を探ろうとすると――

 乱暴に小突かれた。

「余計なことをするな」

「目が見えないんだって……」

 言いかけるが、

「黙れ」

 一言で切り捨てられる。

 数歩進んで――

 見事に転んだ。

 ようやく状況を理解したのか、

 レンの肩に手を置くことだけは許された。

________________________________________

 ――エレナたちは、大丈夫だろうか。

 そんな考えがよぎる。

 だが、すぐに打ち消す。

 今はまず、自分たちの身だ。

 気を引き締める。

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