検察官を装って
「先ほどは、大変失礼なことをいたしました。それに、食べ物まで恵んでいただき……ありがとうございます」
エレナと名乗った女性は、深々と頭を下げた。
「こちらこそ、びっくりさせてしまって」
こちらも慌てて頭を下げる。
そもそもイサメは、レンがまた全裸になっているとは思ってもいなかった。
ゴブリン洞窟で炎の攻撃を受けた際、見事にエプロンは燃え尽きたらしい。
――なんでもっと早く言わない。
小一時間は説教したい気分だった。
(先に服を買ってたよ……食料より優先して……)
とはいえ、もうどうしようもない。
お詫び代わりにパンをいくつか差し出し、この町の事情を聞くことにした。
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「緑色の霧が出始めたのは、ここ数か月のことです。
もともとこの土地は土壌が悪く、農業もままなりませんでした。
唯一の産業が、町の近くにある炭鉱だったんです」
エレナは、静かに語り始める。
「あるとき、そこから高く売れる鉱石が見つかりました。
ですが、先代の子爵は、それを採掘することを禁じていたんです」
「なぜ? 高く売れるのに?」
「……分かりません」
一度、目を伏せる。
「ただ、先代が急病で倒れたあと、跡を継いだ現子爵令息が、大規模な工場を作ると言い出して……炭鉱の近くに建設しました」
少しずつ声が沈んでいく。
「男も女も、最初はみんな喜んで働きに行きました。給与も高かったですから。でも……途中から、おかしくなって……」
言葉が途切れる。
気まずい沈黙が流れた。
やがて――
「あの……イサメ様は、もしかして……検察官様では?」
その一言で、空気が変わった。
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検察官――
この世界においては、各領地を視察し、国王へ報告を行う行政官。
その報告次第では、貴族の地位すら剥奪されうる。
それほどの権限を持つ存在。
当然、腐敗もあるが――
民衆からは、概ね“正義の味方”と認識されている。
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――どうする。
そうです、と言い切るのは危険すぎる。
かといって否定すれば、情報はここで途切れる。
少し考えて、
「……口には出せない決まりでして」
そう答えてみる。
肯定とも否定とも取れる言い方。
判断は相手に委ねる。
エレナは、はっと顔を上げた。
「やはり……!」
確信したように言う。
「でしたら、すべてお話しします。
工場の錬成部が稼働し始めて、ひと月ほどで異変が起きました。
霧が出始め、長く触れた者は肌が変色し、やがて意識を失うようになったのです」
拳を握る。
「当然、町の者は子爵のもとへ訴えに行きました。ですが……子爵は“鬼のせいだ”と繰り返すばかりで……」
(また新しいのが出てきたな……)
イサメは思わず頭を抱えたくなる。
「鬼? どこからそんな話が?」
「工場が動き始めた頃です。山に鬼が住みつき、工場を止めれば町を壊すと脅してきた、と……」
「それで?」
「最初は誰も信じませんでした。でも、本当に鬼が現れて、家をいくつも壊したんです。
それで……私たちは怖くなって、工場を止められなくなりました」
声が震える。
「その結果……みんな、おかしくなっていきました。話せなくなって、ただ……うめくだけに……」
エレナが泣き始める。
それにつられるように、少女も泣き出した。
――そのとき。
ドンドンドン!
激しく戸が叩かれる。
「開けろ! 怪しい奴が入ったのは分かっている! 今すぐ開けろ!」
低い男の声。
エレナの体がびくりと震える。
イサメは小声で、
「困っている旅人を連れてきただけ、と言ってください」
そう伝えると、すぐに扉を開けるよう促した。
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扉が開いた瞬間。
数人の兵士に取り囲まれる。
全身を布で覆い、ゴーグルまで装着している。
イサメはレンに、手を出さないよう念を押す。
イサメ自身も両手を上げ、無抵抗を示す。
「領邸まで来てもらう」
一方的に告げられ、背を押される。
杖で地面を探ろうとすると――
乱暴に小突かれた。
「余計なことをするな」
「目が見えないんだって……」
言いかけるが、
「黙れ」
一言で切り捨てられる。
数歩進んで――
見事に転んだ。
ようやく状況を理解したのか、
レンの肩に手を置くことだけは許された。
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――エレナたちは、大丈夫だろうか。
そんな考えがよぎる。
だが、すぐに打ち消す。
今はまず、自分たちの身だ。
気を引き締める。




