カイファーの町
街へ入ってみたものの、相変わらず視界は霧に覆われていて、ほとんど何も見えない。
だが、レンにはいくつもの“気配”が感じ取れていた。
歩いているもの。
地面に寝そべっているもの。
そして――屋根の上から、じっとこちらを見下ろしているもの。
ああ……ああ……ああ……
どこからか、うめき声が聞こえる。
次の瞬間、レンの視線の先を、何かが横切った。
緑色の肌。
――ゴブリン?
いや、違う。
人間だ。
だが、その目はうつろで、焦点が合っていない。
こちらを一瞥することもなく、ふらふらと通り過ぎていく。
イサメは完全に怯えていた。
うめき声を聞いた時点で、レンの背中にしがみつき、震えていた。
(早く帰りたい……いや、もう帰ろうかな……)
そんな考えすら頭をよぎる。
――そのとき。
霧の中から、小さな影が現れた。
「食べ物を、ください」
端的な言葉。
差し出されたのは、小さなかご。
近づいてきたその子どもも、肌の一部が緑に変色している。
「あら、小さい子の声だね」
イサメはレンの背中から降りると、声のした方を向き、自分の名を名乗る。そして、ルイぴっぴにパンを出すよう頼む。
むーと、文句を言いつつも、ルイぴっぴがパンを取り出し、しぶしぶ籠へ入れる。
「坊ちゃん……いや、お嬢ちゃんかな。お父さんかお母さんは近くにいるのかい?」
できるだけやさしい声で問いかける。
すると、その子は小さい声で――
「わたし、女の子。お父さんはいない。でも、お母さんはいるよ。こっち!」
そう言うなり、くるりと背を向けて走り出す音が聞こえた。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて、レンに再びおぶってもらい、後を追うよう、お願いする。
ほどなくして、たどり着いたのは――あばら家だった。
扉の前で、律儀に待っていた少女が、こちらの到着と同時に扉を開けて叫ぶ。
「お母さん! パンくれる人、連れてきた!」
――そんな人いるわけないでしょ。
奥から、女性の声が返る。
そして、姿を現したその瞬間。
女性は固まった。
視線の先には――
全裸の青年におぶわれた、仮面の人物とウサギ。
理解が追いつかなかったのだろう。
「――え?」
次の瞬間、女性は悲鳴を上げて、その場に倒れ込んだ。




