ゴブリンの巣攻略戦③
幻影の壁の奥へ進むと、そこに広がっていたのは――異様な光景だった。
数十匹はいるであろうゴブリン。
そして、それに組み敷かれ、生きているのか死んでいるのかさえ分からない人間たち。
宙づりにされている者。
張りつけにされている者。
噎せ返るような血の匂いの中、ただ寝息だけがかすかに聞こえている。
それを、そのままご主人様に伝えることを、レンはためらった。
「ご主人様、こちらにお座りになっていてください」
ただ、それだけを告げる。
おもむろに地面に落ちていた武器を拾い上げる。
短剣、長剣、槍、棍棒。
そして――
ぐっすりと眠っているゴブリンたちへ、振り下ろしていく。
ザク。
ざしゅ。
ごっ。
ぐしゃ。
暗闇の中、ただ音だけが響いていく。
淡々と。
粛々と。
私は――
膝の上のルイぴっぴを抱き上げ、そのまま顔の前で強く抱きしめた。
その音から逃れるように。
――ずるい。
心のどこかで、自分を責める。
すべてをレン君に任せているくせに。
その行為から、意識を背けていいのかと。
覚悟の問題だった。
覚悟が、まだできていなかった。
ありふれた話かもしれない。
だが、決して無視することのできない難題だ。
命を奪うということ。
人はきっと、経験の中でそれを受け入れていくのだろう。
見て、感じて、恐れて――やがて、それに慣れていく。
けれど私は、それを手に入れることができない。
だから、この音が私を責め立てる。
ゴブリンは奪った。
そして殺した。
それは事実であり、正しいのかもしれない。
それでも――
ただ、ぎゅっと。
ルイぴっぴを抱きしめる。
「ほっといたら、もっと死んでたよ、ごしゅ」
はっとする。
ルイぴっぴが、そっと私の頭を撫でていた。
きっと――
今、この被り物を外せば。
血の匂いを、肺いっぱいに吸い込むことができるだろう。
せめてそれで、責任を感じることができるかもしれない。
――でも。
その勇気が、私には、ない。
だから。
「それでもだよ……ルイぴっぴ」
泣き出しそうになりながら、さらに強く抱きしめた。
いったい、何回振り下ろしただろうか。
殺したゴブリンの数を報告するためには、耳を切り取らなければならない。
――面倒くさい。
あとでまとめてやろうかとも思ったが、耳のあるゴブリンと、そうでないゴブリンを見分けるのは大変だ。
中には、眠りから覚めているものもいた。
だが、体が麻痺してうまく動けないらしい。
恐怖でいっぱいの目で、こちらを見てくる。
――何を、今さら。
無感情のまま、振り下ろす。
やがて。
気をつけていたはずなのに、手は真っ赤に染まっていた。
滴る血をそのままに、
「片が付きましたよ、ご主人様」
そう告げる。
――ほめてほしい。
その思いを、言葉に込めて。
すると。
泣いているような声で、ご主人様が言った。
「うん……よく、やってくれたね」
そっと、手を伸ばしてくる。
――いけない。
この手で触れれば、汚してしまう。
だから。
そっと、自分の頭のほうを差し出す。
一瞬、ご主人様の手がびくりと震えた。
けれど――
やがて、ゆっくりと。
その手が、頭を撫でてくれた。
胸の奥から、じわりと喜びが込み上げてくる。
その温もりに、浸っていたとき。
「て、めー……らっ! なに……を、してやが……」
ろれつの回らない、不自然な声。
振り返ると、少し離れた場所に男がいた。
――いや。
半分ほど、壁に埋まっている。
どこから湧いたのかと思ったが、すぐに理解する。
――幻影の壁。
まだ、あったのか。
こんな場所で、こちらに声をかけてくる存在。
人質ではない。
頭の中のそろばんが、瞬時に答えを出す。
――これは、始末して問題ない。




