ゴブリンの巣攻略戦①
※若干の嗚咽表現あり
巣へ向かう当日。
スレイヤーさんの書籍によれば、早朝こそがゴブリンにとっての深夜にあたるらしい。
そのため、まだ日も昇りきらないうちに門を出た。
そして――
「じゃあ、ケガしないようにね、レン君! がんばってね!」
と、元気よくレン君を送り出そうとした、そのとき。
「は?」
レン君が間の抜けた声を出す。
「え?」
イサメも思わず聞き返す。
しばらくのあいだ、「は?」と「え?」の応酬が続いたのち――
「なんでご主人様、行かないんですか!?」
と、レン君が声を上げた。
「いやいや、だって。こと戦闘においては、ルイぴっぴはともかく、私は完全に足手まといよ。」
そう前置きしてから、続ける。
「戦略の基本は適材適所。特に“マイナスを作らないこと”が鉄則でしょ。ね?」
我ながら完璧な理論だと思う。
――思ったのだが。
「いやだ~! 一緒じゃなきゃいやだ~!」
と、レン君に泣きつかれる。
さらに横から、
「ごしゅ、こいつぶっとばしていい?」
と、いらいらし始めたルイぴっぴが物騒なことを言い出す。
――収拾がつかない。
にっちもさっちもいかなくなり、
結局、半ば引きずられるような形で、イサメたちもゴブリンの巣へと連れていかれることになった。
どうやら巣――いや、巣という名の洞窟の目の前まで来たらしい。
さっそく作戦どおり、レン君が息を吹き込む。
数分待ってから、洞窟の中へと足を踏み入れた。
一歩、進む。
――瞬間。
鼻腔をかすめる強烈な臭いに、思わずレン君の手を放し、見えないことも忘れて後方へと駆け出した。
「危ないですよ!」
後ろから声が聞こえたが、それどころではない。
臭いの届かないところまで逃げ、膝をついて地面に向かい、
おえっ……おえぇ……と嗚咽する。
横ではルイぴっぴが、
「だいじょぶかー、だいじょぶかー」
と騒いでいる。
本当は――
レン君を一人で行かせることには、迷いがあった。
責任者として、自分も行くべきだと。
たとえそれが、戦略としては間違っていたとしても。
ただ――
覚悟が、まだ追いついていなかった。
意を決して入ってみたものの、入り口でこの有様だ。
自分の情けなさに、嫌気がさす。
……やっと落ち着いてきた。
ずっと背中をさすってくれていたレン君と、横で心配してくれていたルイぴっぴに礼を言う。
すると、
「ごしゅ、これあげる」
と、何かを手に渡された。
触れた感じ――仮面?
いや、それよりも兜のようなものだ。
頭がすっぽり入る形をしている。
ルイぴっぴがくれたものだ。
特に疑うこともなく、かぶってみる。
……不思議な感覚だった。
かぶっているはずなのに、圧迫感がまったくない。
まるで、かぶっていないかのようだ。
手で触れなければ、存在すら忘れてしまいそうなほどに。
ルイぴっぴが、ぐいぐいと服を引っ張る。
再び洞窟のほうへ連れていこうとしているらしい。
「ちょっと待って、ルイぴっぴ。まだ心の準備というより、鼻の準備が……うん?」
ぴちゃん、ぴちゃん、と。
洞窟特有の、水滴が落ちる音が聞こえる。
――さっきと同じ場所のはずだ。
なのに。
臭いが、しない。
これは――
「ルイぴっぴ、全然臭くないよ。もしかして、これのおかげ?」
むっ、むっ、むっ、と笑うような声がしたかと思うと、
「ルイぴっぴ、すごい?」
と、得意げに聞いてくる。
思わず抱き上げて、ぎゅっと抱きしめる。
「ありがとうさぎ~!」
そう声を上げると、
むわーっ、と嬉しそうにルイぴっぴが鳴いた。
「ご主人様、そろそろ行きましょう」
レン君の冷静な一言が、静かに洞窟へと響いた。




