ご飯と交渉
新人門番に連れられてやってきた場所に立っていると、扉が開く音がした。
「いやはや、先ほどぶりですな。ご機嫌いかがですかな、イサメ殿」
前にも聞いた、あの冷淡な声だ。
なにおう、と思ったが、すかさず、
「ささやかながら、お食事を用意しております。どうぞ」
と続けられる。
――ご飯。
その一言で、すべてが吹き飛んだ。
テンションが一気に上がり、レン君に案内されるまま、とにかく中へ入り、テーブルに着く。
メニューはすべてサンドイッチとのこと。おそらく、気を遣ってくれたのだろう。
レン君が手を拭いてくれる。
開いた手のひらに、ルイぴっぴがサンドイッチをぽんと乗せてくる。
一口。
……なんか違和感。
でも、おいしい。
気にせず食べ進める。
一つ食べきり、また手を出す。
ルイぴっぴが、また乗せてくれる。
また一口。
……やっぱり、なんか違和感。
「ルイぴっぴ、これ……もしかして一口食べてから渡してる?」
「どくみ!」
なるほど。
本来三角形になっているはずの部分が妙な形なのは、そのせいかと、妙に納得する。
……まあ、いいか。
そのまま食べ進める。
「レン君もお食べ」
「いや……でも」
「かまいませんよ。所有奴隷は所有者と同等に扱うのが、我々奴隷商のマナーですので」
では、とレン君も食べ始める。
この世界に来てから初めてのまともな食事ということもあり、ついがっついてしまった。
しばらくして、
「ルイぴっぴ、おなかいっぱいになった?」
と聞けば、
すでに五十個は平らげているうルイぴっぴが、もぐもぐしながら、
「でざーとはまだかのう」
と、追加を要求していた。
――元気で何よりである。
しっかりデザートまでいただき、口元を拭ってから、本題に入る。
「さて、ピッツァーさん。この食事で、私たちを置いて逃げた件を不問にする――などというつもりは、まったくありませんが」
傲慢にも聞こえる言い方だが、こちらも必要なものを手に入れるためだ。多少は強気に出る。
「なかなか豪儀な方ですな……それで、何をお求めで?」
「身分証の発行者になっていただきたい」
身分証――その名のとおり、身分を証明するものだ。
現代人の感覚からすると、すぐにでも手に入りそうだと思うかもしれないが、この世界ではそうは簡単にいかない。
この世界には城塞都市が多いらしく、街への出入りは、この身分証に大きく左右される。
どこの誰とも分からない者を、簡単に中へ入れるわけにはいかないからだ。
発行主体は街であり、発行元によって信頼度――いわばランクが存在する。
どの街の身分証を持っているかで、通れる場所も変わってくるのだ。
そして発行条件だが――基本は、街への貢献度。
簡単に言えば、納税額などで決まる。
何年住んでいても、発行されないことすら珍しくないらしい。
だが。
手っ取り早い方法が、一つだけある。
それが――街の有力者からの推薦だ。
つまり、コネである。
イサメは、それを狙っているのだ。
盗賊の件を足がかりに、交渉に持ち込もうという魂胆だ。
……とはいえ、さすがにそれだけで発行されるとは思っていない。
本命は、その先。
街に住むための場所と、職の紹介だ。
「いいでしょう」
――は?
思わず声が出そうになる。
「ただし、条件があります」
やはり、一筋縄ではいかないらしい。
一口コラム 身分証の続き
身分証は、小さな村単位になると、そもそも個人への発行が行われない場合もある。
村単位で一つの身分証が与えられ、村人はそれを共有する。
当然、それを持たずに外へ出れば、どこへも入れない。
――なかなかに閉鎖的な世界である。




